こんなことを思ったり。ぼちぼちかんげき。

保護猫と同居人と暮らすアラフィフがビンボーと戦いながら、観劇したものなんかを感激しながら記録。

一年遅れの読書感想文@ハプスブルクの宝剣

昨年藤本ひとみ著「ハプスブルクの宝剣」を読み返した際に書いていた読書感想文が出てきたので、記念にアップしてみました^^;

往々にして女の方が、仕事をするとき「正しい手順」にこだわってしまう傾向にあると思う。
私もそうだ。
クライアントは絶対神であることは、お給料を頂いている身なので分かっているし、それに対して文句は言わない。笑顔でやる、ように心掛けている。
でも、「おかしい」と思うことは止められない。自分の中でそれをなかなかケリつけられない。

じゃあ、もし、私がトップだったらどうだろう、と思う。
おかしいものを、おかしい、間違っているという跳ねつけられる権限があれば、会社が立ち行かなくなるぎりぎりまで、跳ねつけてしまう可能性がないとは言えない。

そういう視点で、「ハプスブルクの宝剣」を読み返してみると、マリア・テレジアの頑固に「正しいものは正しい」と貫きとおそうとして、壁に阻まれる感じは、妙に理解できるのだ。

 

最初にこれを読んだとき、マリア・テレジアはただの頑固で融通の利かないわがままお嬢様に見えたのだけど、一国のトップとして仕事をする女、という点で見てみると、改めて彼女が理解できる。
さらに、藤本ひとみは、女の感情が抑制できない様を描くのが上手い。マリア・テレジアが、理性では分かっていても感情に阻まれて、狭い世界の中で自分で不幸のタネを作り上げていく様は痛々しくもある。

ハプスブルクの宝剣」は才知溢れる若きユダヤ人エリヤーフーの苦悩と挫折と絶望と再生の物語である。
彼は閉鎖的なユダヤ社会と自分たちへの差別をなんとか打開したいと考え行動を起こしたものの、それが逆にユダヤ人社会から古い因習を守らなかったと批判され、拒否される。若い恋の挫折とその両方が相俟って、彼はユダヤであることを捨て、改宗し、オーストリア人として生きていくことを選ぶのである。

お約束ながら、エリヤーフーは主君で親友フランツ・シュテファンの婚約者にしてオーストリア皇女マリア・テレジアとお互いに一目で恋に落ちる。けれども、エリヤーフーがユダヤ人であることを知ったマリア・テレジアは汚らわしいとされている人種に心惹かれた自分さえも許せなく、彼を拒否する。

なんとか彼女に認められようと、そしてオーストリア人になろうと奮闘するエリヤーフー。
しかし、女帝になったマリア・テレジアは彼を治世に利用するだけ利用して、ユダヤ人だから、という理由(これは彼女にとって何者にも換え難い正しさ、なのである)で名誉も地位も更には給金さえ支給しない徹底した拒否を繰り返す。

ユダヤと諸ヨーロッパの歴史、そしてその軋轢は、日本人である我々には若干遠いところがあるから、マリア・テレジアの拒否そのものの意味が実際よりも薄く響いて来て、彼女にはどうしても点が辛くなりがち。けれど、なんとか国を守ろうと奮闘しながら、エリヤーフーへの愛憎に苦しむマリア・テレジアの姿は、等身大の女性の姿で、それはそれとして、上記の理由で共感できないこともないのだ。

とここまでが長い長い言い訳(笑)

ただ、ただね、色々あって、本当にボロボロになるまで傷つき、もうこれ以下はないという地獄を見る物語の佳境も佳境に、フランツ・シュテファンがエリヤーフーにこういうようなことを言うのだ。

今まで二人でオーストリア人になろうと頑張ってきた。
けれども、難しい。
それならいっそ二人で、今度はトスカナ人(エリヤーフーが最初の外交でフランツ・シュテファンのために手に入れた土地)になって、楽しく暮らさないか。

なんて、いい奴だ、フランツ・シュテファン…!
もう思わず主人公エリヤーフーの感動に共感して、泣きそうになる。
このシーンが、もう本当、この小説の個人的なハイライトで、だから、宝塚歌劇化でカットされちゃったのは、心から残念。
ロートリンゲン領主で貴族で、今や女帝の夫(そう言えば、王妃や妃、という言葉があるけれど、女王の夫を指す単語ってないような気がする。女王を生み出して来た国、英国にはあったりするのだろうか)の特権階級、さらに主君でキリスト教徒なのに、フランツ・シュテファンは、最初から最後までエリヤーフーの「対等な友人」であろうとする。育ちの良さから来る聡明さと鷹揚さ。暖かさと優しさと気くばり。そしてそれを作り上げた繊細な哀しみ。
思わず、ガツガツと自ら傷を受けるような生き方をしているエリヤーフーに

そうしなよ、エリィ!
こんないいヤツ、いないよ。
あんな頑固で意固地な女なんか捨てて、二人で気ままに新しい土地で
幸せに暮らしなよ!!

と心の底から声を掛けたくなちゃうのだ、何度読んでも。

マリア・テレジアも可哀そうだ。
あんたの執着もわかる。
でも、でもだな、もうあんな女の傍で奮闘するより、絶対そのほうが楽しいそうだぜ、エリヤーフー。

と基本的に男の友情ものは好きじゃないこの私にこう思わせてしまった藤本ひとみはすごいと思う(笑)

まあ、大河小説はそう楽で幸せな道に行かないことになっているので、この後も大どんでん返しなんかがあって、本当に終始ハラハラドキドキ。
そういう伏線やアイテムが巡りめぐって再度登場するところもカタルシスを感じられる本当に面白い大河小説なので、興味のある方は宜しければ一度ぜひ!