こんなことを思ったり。ぼちぼちかんげき。

アラフィフ負け犬がビンボーと戦いながら、観劇したものなんかを感激しながら記録。

ロミジュリ祭りが終わってみて。

地震の中、賛否両論巻き起こしながら、宝塚歌劇団雪組の「ロミオとジュリエット」が終幕した。この上演が良かったのか悪かったのかは分からない。けれども、私個人にとっては続けてくれたことは嬉しいことだった。

私とこのフランス・ミュージカル「ロミオとジュリエット」の出会いは2年前の今頃のことだった。友人がフランス版のDVDを持っていて、一部を見せてもらったのだ。それから星組での上演が決まった頃、改めて通して全部を見せてもらった。
けれども、良く知っている物語とは言え、アレンジも大きく、言葉の壁が大きくのしかかっていて、全体には???が常に飛び交った。
それでも「死」の存在は強烈だった。
もちろん、最初に見たときはあれが何なのか分からない。けれども、人間でないことは、人物との距離感と演じている方の雰囲気で察する。そして、ずっと見るにつれて、これはきっと「死」だな、と思った。言葉の弱さと踊りの強さを実感した瞬間でもあった。知識なくとも、説明なくとも、あれが「死」だと分かる演出とムーブメント。「死」が全てを支配した物語。それがこのフランス版ロミオとジュリエットだった。

星組版、雪組版と見続け、内容を熟知した上で、再度このフランス版を先日見てみた。
キャラクターが分かってみると、実にフランス版はクリアでシンプルなストーリーになっている。
本当に「死」が全てを動かしたのだ。あの「死」がヴェローナの街を覆い尽くし、全てを狂わせた。だから、そこに「あの時ああすれば」は存在しない。ボタンの掛け違えはない。破滅と罪の物語。主役は「死」。それが実に鮮やかで面白く、フランス的だなと感じた。
そして、日本版とどちらが好きか、と問われると、私はフランス版だな、と思ったのだ。フランス版が素晴らしい、というのではなくて、私の好みがフランス版の方が合致したのだと思う。

そしてその「死」が主役の物語というフランス版のイメージが好きだったから、宝塚版が「愛」と「死」になったこと、さらに星組版の「死」が「エリザベート」のトートを彷彿させる男性体であったことが最も不満だったのだな、と改めて思った。
フランス版の「死」は女性体。けれども身長も高く、顔立ちは厳しく中性的なイメージ。それが私にはとても魅力的に見えていたようだ。
さらに、演じていた人は素晴らしい踊り手であることは間違いなく、マントヴァのロミオにベンヴォーリオがジュリエットの死を伝えた後の「死」のムーブメントが本当にステキなのだ。
手紙を破く「死」のあの異様な雰囲気。ギュッーと心臓を掴まれる感じ。
ノートルダム・ド・パリ」で、揺れる鐘に纏わり付き揺れる人間、を見た時の感じに似ている。
空気感の異様さが怖さを伝えるあの感じ。このシーンは、娯楽を飛び越して芸術だと思った。

全体にフランス版の方が話しの進行が合理的で、ロミオと同時にジュリエットをきちんと描いている。それも好みに合致したところだった。
それでも、宝塚版は宝塚版として素晴らしいと思う。
星組版が見せたおとぎ話のようなキラキラ感。私個人は「ロミオとジュリエット」をそういうきらきらしい恋物語だと捕らえていなかったので、このアレンジにはついていけなかったのだけど、この話をそういう風に見せる手段があるのだ、という部分は改めて面白かったと感じる。
また雪組版の狂気と怒りが覆うイメージはフランス版に近いものがあって、なおかつ、宝塚らしい上品さがプラスされて鮮やかで美しかった。また私の中のロミオのイメージが音月桂が最も近かったことも楽しんで観劇できた理由の一つでもあった。

今年秋にはTBS×ホリプロ×東宝×梅芸版が登場する。
http://www.umegei.com/42/
ダンサーオーディションの中で募集されているのは男性とは言え、「死」のみだからフランス版に近くなるのかもしれない。もしくは「愛」のダンサーがもう決まっているのかもしれないけれど^^;
宝塚版で一番不満だった振り付けも変更。今度はどんな振り付けになるのか、ここまで来たら、これもぜひ見てみたい、と思うあたり、ロミジュリ祭りは続行しているのかもしれないw