こんなことを思ったり。ぼちぼちかんげき。

保護猫と同居人と暮らすアラフィフがビンボーと戦いながら、観劇したものなんかを感激しながら記録。

全ては自分を守るために@8月の家族たち

6月4日 18:30~ 森ノ宮ピロティホール
作:トレイシー・レッツ 翻訳:目黒条
上演台本・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ

ヴァイオレット 麻実れい
バーバラ 秋山菜津子
アイビー 常盤貴子
カレン 音月桂
ティーブ 橋本さとし
マティ・フェイ 犬山イヌコ
ジョナ 羽鳥名美子
リトル・チャールズ 中村靖日
保安官 藤田秀世
ジーン 小野花梨
ベバリー 村井國夫
チャールズ 木場勝己
ビル 生瀬勝久

主演のヴァイオレットが精神を病んでいる、ということで、「ネクスト・トゥ・ノーマル」を思い出すわけですが、アメリカ社会における精神疾患と薬の関係は、やはり理解しづらい部分があるので、辛源さんの下記ブログをぜひご参照ください。
https://genshinactor.wordpress.com/2013/09/10/nexttonormal/

ヴァイオレットも精神疾患とガン闘病のための薬を多用しており、それに依存しています。
夫・ベバリーはいつからそうなのか分かりませんが、アル中です。
そんな夫が、家事をしてもらうためにジョナを雇うところから物語ははじまります。
そして、次のシーンで、ベバリーが失踪したことをきっかけに、家族が集合し、暑い夏の何日間を家族で過ごす間に、次々と色んなことがむき出しになっていく、そういう話です。


日本では「家族って素晴らしい!」ということを訴えた作品が多いように感じるのですが、
「8月の家族たち」は家族こそ他人であり、分かり合えないまま付き合う必要のある面倒なつながり、な印象を受けました。
本音むき出しの家族たちの会話は、まさしく「ブラック・ユーモア」。
彼らはとことん傷つけあい、罵倒しあいます。
それが面白いのです。

悲劇は喜劇になりうるように、彼らの負のぶつかり合いが喜劇になっていく様は「人間」そのものを感じさせました。
物語は2転、3転どころではすまない転び方をしていき、最終地点に到達したとき、何を感じるのか、それはそれぞれだと思いますが、私は、結局のところ、ヴァイオレットの夫ベバリーの愛を感じたのです。

夫婦生活については、ベバリーがジョナを雇うときに少し語られるだけで、どうだったのかは明かされないのですが、ベバリーもヴァイオレットと暮らしていくのはもう精一杯だったのだと思います。それでも、自分の死後、起こりうることを想像し、ヴァイオレットのためにジョナを雇ったように思えたのです。
この一連の芝居の中で、唯一ジョナだけが、婚姻、婚約、恋愛関係を含めた「家族」ではありません。だから、彼女はこの一連の騒動には入りません。ただ、そこにいるのです。最後まで。
その時に、私は、これは夫ベバリーの愛ではないか、と思ったのです。

ヴァイオレットの妹マティ・フェイの夫・チャールズが「君たちはどうして傷つけあうんだ。私の家族はこうじゃなかった」というようなことを言うのですが、本当に彼らは過剰に傷つけあいます。
そこにこの家族の「闇」があるのだ
と思います。

それがどこから発端しているのかは分かりません。
でも少なからず、ヴァイオレットが精神を患っており、常に攻撃的であることは傷つけあう一つの理由である気がします。

ヴァイオレットがいつから精神を病んだのか、それすらも分かりませんが、三姉妹がそれぞれに母親について苦労してきたことは確かで、三姉妹はそれぞれのやり方で「自分を守る」ことに必死です

それはあるべき人間の姿で、
家族のために「個」が不幸になる必要はない、
そう脚本家が慰めてくれる気がしました。
だから、私は、大きく心揺り動かされたのかもしれません。

私も父親から逃げました。
誤解のないように書きますが、普通の父親でした。
けれども、残念ながら、私と父親は折り合いが悪かったのです。
そして、大学卒業と同時に家を出ました。
それを許してもらえる気がしたのです。

と、同時にもっと大義に「大きな固まり」のために「個人」が不幸になる必要はない、そういう意味合いもあるのかもしれないことを知りました。
そんなことも考えると、この戯曲はとても巧妙で、真意がどこにあるのか、とても興味深いです。

主軸はやはりヴァイオレットと長女バーバラです。
麻美れいさんのヴァイオレットの存在感の大きさ、これがなければこの芝居は成り立たなかったと思います。囁き声でさえ、きっちりと届き、その動き方の異様さも素晴らしい演技でした。

対抗するバーバラの秋山菜津子さんが「長女」のしがらみと「女」の部分をきちんと見せてくれて、本当に見ごたえがありました。

三女カレンの音月桂の軽く可愛く調子良い、いかにも末っ子だった感じの中に、コンプレックスと影を感じさせる演技も良かったです。こういうの、音月桂はうまいですね。本来ならば、愛された末っ子であるはずなのに、一度もヴァイオレットがカレンの名前を呼ばないのも、彼女の影であることが分かります。無駄に大きい声、とご本人が書かれるくらい、明瞭で、舞台役者としての資質は十分。そして、無駄にキラッキラしていたのが、私は好きです(←誉めています)。
笑えるけれど、明るくはない舞台なので
だからこそ次女常盤貴子のセリフが聞き取りづらかったのが残念です。地味な役どころだからこそ、きちんと届く「声」は欲しかったなと思います。

その他のキャストは全て素晴らしかったのですが、個人的に今回初めて生瀬勝久さんが良かったです。今まで舞台だと、何故か声がキンキン響いて聞こえて、演技も過剰に思えて苦手だったのですが、今回は抑制の聞いた演技で見せてくれました。

実は初のケラリーノ・サンドロヴィッチ演出だったのですが、ケラリーノ・サンドロヴィッチ脚本を見た時も思ったのですが、割と古典的に感じました。
1人1人のキャラクターの演出は、しっかりされていたのだと思います。
その辺りはどこまで役者なのか演出家なのか、観客にははっきり分からない、ので、どうしても、視覚的なことを判断に入れてしまうのが申し訳ないです。
ただ、セットもほぼ本場のまま、なんですけど、ちょっとの違い、そこが残念というか。
あとちょっと何か違っていれば、ステキに思えたのですが、会話劇だからか、余白なくガッチガチに「ザッツ・セット」な感じが残念でした。
照明もシンプルで、印象に残るところがなく、もう少し、ビジュアル面の「演出」も見せてくれたら、より見ごたえあっただろうなと思います。

とは言え、3時間以上の長丁場、一度も飽きることなく、引込まれる舞台だったことは確かです。
全てが明らかになった今、もう一度見てみたいので、ぜひ再演をお願いしたいです。

因みに映画化もされていますね。
8月の家族たち [DVD]
リエーター情報なし
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント

でもこれは舞台の方が適した作品じゃないかなと個人的には思っています。