こんなことを思ったり。ぼちぼちかんげき。

保護猫と同居人と暮らすアラフィフがビンボーと戦いながら、観劇したものなんかを感激しながら記録。

わかりたいのか、わからないから良いのか@私を離さないで

私と「私を離さないで」の出会いは、先日亡くなられた蜷川幸雄先生の舞台でした。
この時点で原作は未読、映画も見ておらず、一幕目終わったときの印象は
アイランド

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ユアン・マクレガー,スカーレット・ヨハンソン,ジャイモン・フンスー,ショーン・ビーン,スティーブ・ブシェミ
ワーナー・ホーム・ビデオ

 


をセンチメンタルにしたような話しだなあ、ということでした。

「アイランド」を見ていたために、主人公たちの秘密をかなり早い段階で気づきました。
だから、少しずつ理由が分かっていく、という醍醐味はなかったです。
でも、「アイランド」をご覧になった方はご存知だと思いますが、
サスペンスアクション的な映画で、終わりはスカッとします。
そんなつもりで見ていたら、「私を離さないで」は、そこにある人生だけを描かれることにひどく戸惑いました。
ただ、SFというかファンタジーというか、とりあえず、舞台は英国とはいえ架空の施設なので、日本で上演するなら、役名は日本人の名前になっているのだし、施設名を「ヘールシャム」のまま使わなくても良かったかもな、もっと徹底的に日本版に置き換えても良かったかも、とは思いました。

そして、この観劇から2年後、テレビドラマ版が放映されました。
もちろん、日本を舞台にして。
これが非常に興味深く、やっとここで、ドラマと並行しながら原作に手を出しました。
原作読み終わってから、映画も見ました。
蜷川先生の舞台がかなり忠実に原作を映し出していたことに気づきました。
さらに、テレビドラマが実に「テレビドラマ」的に分かりやすくしながらも、原作から脚本家が受け取ったものを丁寧に描いている点を素晴らしく思いました。

テレビドラマ版の最も好きなシーンはトミー(テレビドラマ版ではトモ)が、絶望して叫ぶシーンです。
それまでのトモは、少年期の後半から、とても前向きで能天気というか、明るく素直なキャラクターとして描かれるんですよね。
運命を受け入れながらも、夢を持ち続けている。
だから、キャシー(テレビドラマ版では恭子)と共に、一縷の望みを抱いて「マダムさん」のところに行くシーン(テレビドラマ版では施設の校長に会いに行くシーン)でも、神経質になっている恭子に、とてもポジティブなことを言うんですよ。

ああ、トモはそれすらも楽しめるところまで、達観できたんだ…

と思っていたからこそ、トモの絶叫が「生きたい、生きたい、生きたい」という強い叫びに聞こえました。
トモが一番「可能性」を信じていたことにはじめて気づいたのです。
ドラマだからこそ必要な「ドラマティック」な演出でした。
もちろん、原作にも映画版にもこのシーンは登場します。
けれど、トミーの描き方一つで、同じシーンでもこんなに伝わり方が違うのです。
そして、このシーンが蜷川先生の舞台でどうなっていたのかが、全く思い出せないのです。
だからこそ、もう一度見たかったなあと思います。

舞台版の一番好きだったのははじまりのシーン。
小説と同じ始まりをしながらも、そこにビジュアルがのって、介護人としてのキャシー(舞台版では八尋)をすっと見せるのです。

映画版は「打ち上げられた船」を見に行くシーンが印象的でした。
小説で読んでいた私の中のイメージとは全然違って、よりSF的でありながらも、問題の生々しさを伝えていました。

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キャリー・マリガン,アンドリュー・ガーフィールド,キーラ・ナイトレイ,シャーロット・ランプリング
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン



テレビドラマ版は、小説に登場しない人物を描き、施設の校長の設定を変えることで、
「人間」とは何か、「生死」とは何かを訴える作品だったと受け取りました。

小説はもっと淡々としています。

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)
土屋政雄
早川書房


これが描かれた背景にあった時代なども読みましたが、わかるようでわからない。
小説には施設の校長とマダム、ルーシー先生以外は、殆ど「人間」が描かれません。
これが、逆にあの小説の世界の中で生きている「普通の人間」のことを考えさせるのです。
多分、それは、私たちの顔をしている気がします。
そこにあるものを問題意識なく享受する私たち。
「鏡」に映っているのは、思っているよりも醜い自分のような、そんな感じがします。それがざわざわとさせるから、この作品の真意を分かりたい、と思ってしまいました。
けれど、分からないからこそ、ざわざわと小さな虫のように体の中に住み続けています。

ということで、テレビドラマ版DVD、買っちゃいそうな気がします。

わたしを離さないで DVD-BOX
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TCエンタテインメント


そして、もう一度、原作、映画とともに味わってみたいです。