3/7(金)19:00~・14(金)19:00~・16(日)12:00~ @シアタードラマシティ

クリエイティブ
原作 トビー・マーロウ&ルーシー・モス
演出 ルーシー・モス&ジェイミー・アーミテージ
振付 キャリーアン・イングルイユ
セットデザイナー エマ・ベイリー
衣裳デザイナー ガブリエラ・スレード
インターナショナル衣裳スーパーバイザー ジャスティン・アリン
照明デザイナー ティム・デイリング
音響デザイナー ポール・ゲートハウス
オーケストレーター トム・カラン
音楽スーパーバイザー ジョー・ベイトン
翻訳・訳詞 土器屋利行
キャスト
アラゴン 鈴木 瑛美子
ブーリン 皆本 麻帆
シーモア 遥海(7日)/原田 真絢(14日、16日)
クレーヴス エリアンナ(7日)/菅谷 真理恵(14日、16日)
ハワード 豊原 江理佳(7日、14日)/鈴木 愛理 (16日)
パー 斎藤 瑠希(7日)/和希 そら(14日、16日)
侍女(演奏)
ASSOCIATE MUSIC SUPERVISOR/KEYBOARD 田中 葵
GUITAR 中村 芽依
BASS shizupi
DRUMS 山内 楽
1月に東京で来日版を見たときにこのような感想を書いたのですが
改めて日本版を最終的に3回見て思うのは、日本版こそ「ライブ」だったな、ということでした。
というのも、やはり英語に対して日本語訳は1/3くらいの情報量になってしまったからです。
特に今回の訳詞を手掛けられた土器屋さんは下記インタービューの中で「今、僕がやっているのは、言葉を詰め込みすぎないことです。楽譜を見て、『歌詞、スカスカじゃないですか?』とよく言われるんですが、音符に対する言葉を少なくする。そうすると、歌いにくさと子音が潰れて聴こえにくくなる問題を避けられます」と述べられていて、
意図的にかなり省略された日本語歌詞になっています。
「SIX the musical」の英語歌詞は、数あるミュージカル歌詞の中でも歴史的事実と英国人の歴史認識や英国の伝承などを含み、かつ韻をふんだ言葉遊びやダブルミーニングもふんだんに使われているため、非常に訳詞の難しい内容であることは、下記テューダー朝研究者のにったさんのnoteで実感しました。
大千秋楽を終えて、日本版でしか「ミュージカルSIX」を観劇されておらず、ちょっと疑問が残っているな、って方はぜひ読んでみてください。
ちなみにアン・ブーリンの持ち歌「Don't Lose Ur Head」で出てくる「あたし食べごろ」は英語では「I was a prêt-à-manger」と英語とフランス語まぜこぜになっているんですが、この「Pret a Manger」というのが、英国のちょっと高級目サンドイッチチェーン店で、ロンドンだと多分今もどこでも目にするものだと思います。
こういうのも入っているので、本当にいろんな知識がないと訳詞って難しい。
なので、特に今回の訳に満足かといわれるとあれなのですが、とりわけ各王妃持ち歌のサビ部分はすごく工夫されて訳されたな、すごいなと思っています。
ただ、WEBサイトで日本語歌詞が掲載されているのですが、当たり前ですけれどコピペできず、スクショも禁止なので、自分の中でかみ締めようと書き写してみて、改めてその日本語のおかしさに気づいてしまったのです。
でも舞台で実際聞いた時には、ものすごく違和感があるものではなかった。
これは今回のSIXのようなライブ形式のエンターテインメント作品ではとても大事だと思っていて、だからこそ、日本版こそ「ライブ」だったなと思ったのです。
そしてその楽しい「ライブ」に熱狂した10日間、本当に楽しくて幸せでした!
実は日本キャスト版も1回だけ見に行く予定だったのですが、来日版を見てからYouTubeでいろんな動画をあさっていたら、やっぱりキャストによってそれぞれの王妃から感じるものが違って、さらに東京で日本キャスト版がはじまると、撮影OKのカーテンコール「MEGA SIX」動画がSNSにあふれ出し、それを見ていたら、大阪はアラゴンとブーリンはシングルキャストとはいえ、他4人はダブルキャストで、全キャスト見たい!となってしまって追いチケしました。
今回の「ミュージカルSIX」はもちろん作品も曲も本当に素晴らしい、という大前提があって、この王妃たちの持ち歌をリミックスしたカーテンコール「MEGA SIX」を撮影OKにしているのは本当にすごいことだな、と思いました。
というのも、日本キャスト版の「MEGA SIX」動画や写真がSNSにあふれ出し始めた頃から、まだまだ余裕のあった名古屋、大阪のチケットが一気に完売になったんですよ。
私は先に来日版を見ていたし、特に音楽を聴く人ではないので、この「MEGA SIX」の広告戦略としての魅力に気付けなかったのですが、同居人が毎日のように「MEGA SIX」動画を追っていて、大阪初日にこの作品の全貌、つまり各王妃の持ち歌を初めてフルバージョンで聴いたときに、「既に知っていて大好きな曲が生で聞けた」感覚になったそうです。
同居人曰く普通のアーティストのライブに行くときでも、やっぱり「アルバム」を聞いていった方が知っている曲を演奏してくれるので楽しい、それを「MEGA SIX」は3分強でリミックスしてくれていて、手軽に楽しく予習できて、本編をより楽しめるようになっているそうです。
ということで私がトライした中で1番マシに録画できた 「MEGA SIX」がこちら。
そもそもなぜ名古屋、大阪のチケットに当初余裕があったかというと、ソニンさんと田村芽実さんがほぼほぼ東京公演のみで、名古屋、大阪公演ではミュージカルも見る宝塚ファンを持っている和希そらさん以外はキャストの知名度が「ミュージカル界」では高くなかったというのがあると思います。
でも「MEGA SIX」動画で見て聞いたら、「みんな、めちゃくちゃ上手い、かっこいい、かわいい、見たい!」気持ちになっていったので、いい輸入ミュージカルを実力はあるけれど知名度はそこまで高くないキャストでやるときは、今後もこの戦略は続けていただきたいですが、そもそもの輸入ミュージカルの版権問題なので、難しいのが残念。
しかし本当に「実力」で選ばれたキャストたちは素晴らしかったです!
こういう「今」の音楽を使ったミュージカルを上演するときに起こりやすい「リズム」のずれも一切なく、ノンストレスどころか、思いっきり歌とダンスを楽しませてくださった全キャストに感謝しかありません。もちろん侍女という名のバンドの皆さまも。
まず東京公演途中からシングルキャストとなったアラゴン役の鈴木瑛美子さん。かっこいいけれどハードなコスチュームの中でも一番重いと噂を聞いた衣装を身につけて、週に3度くらいは2回公演もこなしているはずなのに、観劇した3回とも本当に最高のクオリティで魅せてくださったことに、まず感動します。
その上で、とても強くてスペイン皇女であるという格の違いをしっかり表現されて、本当にかっこいいアラゴンでした。ちょっと特徴的なハスキー目の歌声もステキで、多分、これからも歌でも活躍されていかれるんでしょうけれど、ぜひぜひミュージカル界でも今後の活躍も期待しています。
そして名古屋公演2日目からシングルキャストとなったブーリン役の皆本麻帆さん。
もうなんてチャーミングなんでしょう!今さらですけど過去のオフィーリア役、見たかったです。ヘンリー8世が彼女と結婚するために離婚を強行したのが納得できる「魅力的で小悪魔的で愛さずにはいられない自由なアン・ブーリン」を、いつも元気いっぱいに演じてくださって感動。かわいくて憧れました。
ダブルキャストで観劇できた4人の王妃は、その表現の比較を楽しめたのが嬉しかったです。
シーモア役の遥海さん、原田真絢さん。何気に持ち歌「Heart of Stone」はバラード調の大曲で難曲だということをYouTubeの学生キャストが歌っている映像で実感しただけに、お二人とも当たり前になんなく歌いこなしていたことに感動。遥海さんのシーモアは温かく母なるものの強さ、真絢さんのシーモアはちょっとおちゃめなたおやかさが伝わってきました。
ダブルキャストの中で一番違いが面白かったのが、クレーヴス役のエリアンナさんと菅谷真理恵さん。持ち歌「Get Down」の前の語りが2人の違いが一番見えて、長身でスタイル抜群なのに、その長いおみ足を抱え込んでできるだけちっちゃく座っているエリアンナさんのかわいらしさといったらなかったです。物語の中ではクレーヴスは「肖像画」で見初められて嫁いできたら、実物は違ったから王から嫌われた設定になっているんですが、その「王からの拒絶」をエリアンナさんのクレーヴスは、心の中に小さな女の子がいて本当にそのことに傷ついた感じがしたのです。そしてその傷をふっとばすように「Get Down」して、今ある境遇を楽しもうとしている、そんなクレーヴスに見えました。
一方で真理恵さんは語りを「わざと悲劇のヒロインっぽく大げさに演じている」ように見せてきたんですよね。心の中では「あたしの魅力が分からないなんてしょーもない男。そんなのこっちから願い下げだね」みたいな心の声が聞こえるような感じなので、同じ内容なのに笑いが起きる。そこからの「Get Down」はもう本領発揮でただただ楽しかったです。途中、クレーヴスから客席指名で一人立って踊らせてもらえるんですけれど、VIP席がなかった大阪公演は、セットが奥2/3に埋まっていて、クイーンたちが立つセットと最前列の客席の間にほどほどの距離感があったんです。しかし真理恵さんのクレーヴスはその距離感を吹き飛ばすほどのパワーで、さらに千秋楽では「もうみんな立って」とおっしゃって、観客もわーっと皆で立って「Get Down」したのは、今思い出しても、本当に特別で楽しい瞬間でした。
私はクレーヴス推しなのですが、エリアンナさんのクレーヴスには共感を、真理恵さんのクレーヴスには憧れを抱きました。どちらのクレーヴスも最高でした。
この最高潮にボルテージがあがった曲の後にくるのがハワード。演じられたのは豊原江理佳さんと鈴木愛理さん。「10 Amongst These 3s」(3点の人たちの中で私だけは10点満点)というセリフがあるくらい一番「容姿のいい」設定なので、お二人とも本当にとってもかわいい。かわいい上に歌がうまい。もうどうなっているんだの域です。
江理佳さんは小柄で、ハワードの衣装を着ると本当に幼く、かよわく見えたんです。庇護欲、保護欲をそそるような感じで、だから持ち歌「All You Wanna Do」で、特に最初の音楽のマノックス先生が彼女に「やりたいことをした」ことが許せなくて怒りを覚えるほどでした。まだまだ愛を信じているような、こんな純粋な少女に何してくれてるんだ男たちは!的な気持ちでいっぱいになって、この曲が終わった後に別の王妃に「自分が一番悲惨な目にあったみたいして」みたいなこと言われるんですけど、江理佳さんのときは「いや、間違いなく彼女が一番悲惨でしょう」と思ったんです。
一方の愛理さんはある意味ブーリンよりも魔性の女で、意図せず人を魅了してしまう。そしてそのことを自覚し、だから愛されるのだと思っていたら搾取されていたことに気づいてしまうのが本当に哀しい。というか、なんですか、彼女!アイドルってすごいですね、本当に「かわいい」ことの「プロ」。一瞬、一瞬の表情の作り方が全て完璧に仕上がっているんです。くるくると完璧にかわいい表情をたっぷり魅せつけた後に、この曲の途中でまるで人形のように「無表情」になるんですよ。そんなの見せられたら、ハワードの哀しみがいかほどだったかというのがワーッと流れこんできて、涙が止まらなくなってしまいました。来日版の時は「そういう女」としてしか見られて扱われてこなかった哀しさ悔しさみたいなものに泣いていまったんですけれど、それに近い感情になったのが、愛理さんのハワードでした。
それとは別にこの「プロかわいい」枠、ミュージカル界では今空きのある枠なので、ぜひとも愛理さんで訳詞を改訂した「キューティー・ブロンド(リガリー・ブロンド)」再演を願っています!
これ過去何回か神田沙也加さんで、と願って書き続けたら叶ったので、あえて書いておきます。もともとの固定ファンも多いし、主演、大丈夫でしょう。そして、これからも「プロかわいい」人じゃないと納得できない役のある新作ミュージカルがやってきたら、ぜひとも鈴木愛理さんで見たいです。ので、ぜひとも今後もミュージカル界に降臨してきてください。
最後にパーの斎藤瑠希さんと和希そらさん。こんなに皆さん歌がうまい中でも、瑠希さんの歌声の響き方に感動してしまいました。その上でパーとして俯瞰で見ながらもエネルギーがあって、王は先に死んじゃって最後の王妃にはなったけれど、私はそれだけじゃない、まだまだ色んなことができる、とアクティブなパワーが歌詞どおりに伝わってきました。
和希そらさんの方が、もっともっと自分の恋心さえも俯瞰で見ている感じで、「I Don't Need Your Love」のトマス・シーモア宛の手紙のくだりは、トマスとの日々が映像で流れている感じがしたのがさすがです。そして何よりこのシアター・ドラマシティという劇場を知り尽くしている。この空間での自分の魅せ方を把握しきっていて、持ち歌の時の主役パワー...さすが和希そらです。愛里さんも「プロかわいい」方向ですごかったけれど、和希そらは「プロかっこいい」方に隙がない。「Haus of Holbein」の下手捌けの一瞬でサングラスずらしてウィンクを「飛ばす」技、さすがでございました。
そんなわけで本当に最高の舞台だったので、近いうちの再演を心から願っているのですが、再演の際にはボディーポジティブな役者のキャスティングともう一度、訳詞を見直してほしいな、という希望はあります。
この作品はライブという、ミュージカル観劇よりも親しみやすいエンターテインメントの形式を取っていて、それは新しい観客を増やすためにはとても重要なことだったと思っています。だからこそ「ライブ」としても一級品である必要があって、そのために「歌」は最重要視される部分だったと思っています。
でもこの作品はそれだけじゃないのです。歴史が男性視点で紡がれていることへの疑問視。his-toryをHER-storyに。歴史がどれだけ女性たちを軽んじてきたかを、それぞれに思いを持って生きている女性たちがいることを描いている作品でもあるのです。
ぜひともこの作品を作ったトービー・マーロウとルーシー・モスのインタビューも読んでみてください。
来日版で最後に「私たちはそれぞれ違って、一つのカテゴリーにおさまらない。あまりにも長い間歴史に埋もれてきたけど、今自由になって、それぞれ王冠をいだくような栄誉をもらうよ」的な歌詞を聞いたとき、本当に心が震えて、誰目線が分からないけれど「私が一人一人に王冠をあげるよ!」と泣きながら思ったのに、日本版では3回見てもその気持ちがわかなかったのは、そのくだりがオープニングの会話の中にしかなかったからなんですよね。
それぞれの持ち歌を経て
We're one of a kind
No category
Too many years
Lost in history
We're free to take
Our crowning glory
となるカタルシスを感じたいのです。
そしてやっぱり「Survived」は「死別」から変えてほしい。
とあるBBCの記事で「journey is a story of survival」という一文が、「歩みは、生存の物語だ」と訳されていたのを見て、日本語としては「生存」ではおかしいけれど、この舞台では6人が甦って「LIVE」しているのだから、もう生きてるってことにしてもいいと思ったので、せめて「生存」にならないかなと思っています。
この作品で描かれるのはヘンリー8世ではない。その妻となった6人の女性たちです。
主体が常に「それぞれの王妃」になっているか、というところを別視点でチェックしてくれる方が入ってくださることを期待します。
(クレーヴスの「玉の輿を狙いうち?」とかハワードの「エロい秘書」、ブーリンの「ブス魔女」も、なんかモヤってしまって受け付けなかったんです。ごめんなさい。パーの「愛さなくてもいい」も、最後「愛はいらない」への変更のためとは分かりつつも、もう少し何かなかったかなーとか、シーモアの「テューダー・ストリート・ボーイズ」も自分でやり直した物語の中で産んだのは男子ばっかりだったのかよ、と思ってしまったのです。そう思うと元々の「チューダー朝のトラップ一家」はミュージカルファンも「サウンド・オブ・ミュージカル」を思い出して嬉しいし、女子も男子も混ざっている「大家族」というイメージがパッと浮かぶのがうまいなと思います)
そして、このUKオリジナル版の映画上映は早めの日本上映をめちゃくちゃ待っています!
日本語訳は来日版の時ので充分だったので、やってくれないですか!
そういえば来日版のときにアン・ブーリンがとある台詞をこの曲っぽく言うところで
字幕に(スパイスガールズ風に)って出て、そっかー、もうみんな「スパイス・ガールズ」知らないよなー、としみじみしたなというどうでもいいことを思い出しましたが、その感傷にも浸ったりもしたいので、なんとかいろいろ権利関係をスムーズに捌いて上演してくださると嬉しいなと期待しています!