こんなことを思ったり。ぼちぼちかんげき。

アラフィフ負け犬がビンボーと戦いながら、観劇したものなんかを感激しながら記録。

夢の爪痕@世界は笑う

9/4(日)17:00~ 京都劇場

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作・演出

ケラリーノ・サンドロヴィッチ

主な配役

秋野撫子 伊藤沙莉

大和錦 勝地涼

有谷是也 千葉雄大

青木単一(アオタン)温水洋一

斉藤/山屋トーキー ラサール石井

根岸/野本ケッパチ 神谷圭介

山吹トリコ 緒川たまき

米田彦造 瀬戸康史

鈴木初子 松雪泰子

マルさん マギー

多々見鰯 大倉孝二

服部ネジ子 犬山イヌコ

ママ 伊勢志摩

森南国 山内圭哉

蛇之目秀子 銀粉蝶

記者/バーテンダー 廣川三憲

 

相変わらず長い。しかも今回、体調もあって初めて1部で少し居眠りをしてしまうという不始末をやらかしてしまいました。

でも2部を見ると、1部のすべてがとても重要だったのではないかと思ったのです。

そんなわけで眠ってしまったところを確認すべく戯曲を購入しました。

改めて思うとこの表紙のままの世界が描かれていたような気がします。

(そしてこの戯曲のあとがきは読まれるべき文章で内容だと思います!戯曲読むのが苦手な方でも、エンターテインメントがお好きなら、モノクロですが舞台写真も掲載されていますし、あとがきだけでも買う価値あるかと)

 

時代は昭和32年秋からこの舞台ははじまります。

夜の新宿裏通り、言い争う兄妹、売人とそれを買う若者の魂の絶叫を経て、昼下がりの商店が並ぶ通りに道に迷った若者がやってくる。

街には傷痍軍人がいて、人々の会話の端々にも戦争の爪痕がまだ鮮やかに残っている。

そんな中で「三角座」という喜劇劇団をとりまく人間模様が描かれます。

 

「三角座」に所属する人たちはみんな「笑い」に憑りつかれている。

でも1部ではそれが未来や希望にも見えるのです。

テレビの世の中も確実にやってきていて、「笑い」も変化する。

喜劇劇団も古びていくかもしれない中でも、まだまだ「やろう」という意気込みが見える。

その中に外からやってきた彦造の初々しい恋心が混ざり合い、1部の終わりは本当に希望に満ちていたのです。

 

ところが2部で一転、見せつけられるのは「厳しい現実」でした。

笑いも人も一筋縄ではいかない。そして戦争の傷跡はまだまだ疼く。

過去は幻にはならず、でも現実は崩れ落ちていく何とも言えない哀しさ。

群像劇だからこそ見せられる厚みがそこにありました。

 

わたしはケラさまの作品を見始めてから日が浅いのですが、はじめて1部と2部の、がっつりとしたセットチェンジがある舞台を見ました。

1部と2部で場所が変わってセットが変わる、というのはある意味古めかしい手法で、でもだからこそ、この世界を、昭和30年代のはじめらしき日本を伝えていたし、見たことはないけれど、当時の喜劇芝居はこんな感じだったのかもしれないなと感じました。

 

群像劇だから主役はいない。

けれど「三角座」の座員たちをナイロンのメンバーや、よくケラさまの作品に出演されているベテラン役者を持ってくることで、劇団の一体感が出ていたのがさすがです。

だからこそ、新人の有谷是也がちょっと浮きだっていて「異質」に見せたような気がします。そして間接的に劇団に関わる彦造の透明感も際立っていました。

是也の異物感と彦造の透明感。「三角座」という老舗の喜劇劇団に投げ込まれたこの2つの石は、一つは現実で一つは未来だったのかもしれないなと今思います。

 

千葉雄大さんは異物感をよく演じていました。

でも瀬戸康史さんの透明感は、もうご本人が役者としてもったギフトでしょう。

テレビで見ているときは似ているなと思っていたお二人で、それぞれに別々のミュージカル作品で拝見したことがあるのですが、こうやって兄弟役で並んでみると、ものすごく違う!

もちろん役のせいではあるでしょうが、千葉雄大さんはとても男っぽいのに対して、瀬戸康史さんは赤ちゃんのようなあどけなさがある。それなのに、特に1部での三角座のセットで軽々と舞台を何度も乗り降りしていて、その身体能力の高さに驚きました。

そんな浮きだった二人の中で、三角座に溶け込んでいた勝地涼さんと、なじんでいた伊藤沙莉さんもさすがです。

そして完璧に「地味で清楚な中年女性」を見せた松雪泰子さんも素晴らしかった。

波乱万丈ある中で、笑いに憑りつかれようとも飲み込まれることなく、うまく狂って取り込んで生きていく緒川たまきさん演じる山吹トリコの鮮やかさも眩しく、過去は懐かしむだけの服部ネジ子演じる犬山イヌコさんの明るさと強さも魅力でした。

全てのキャストが完璧に自分の役割を果たしていて、だからこの笑いを主軸にした「それぞれの人生」の多重奏が響いてきたのです。とりわけ個人的には廣川三憲さんのバーテンダーの佇まいが好きでした。戦争の傷と三角関係のもつれと老いていく人生が目の前で繰り広げられる中で、そこにいて静かに見つめているあり方は、バーテンダーという職業のイメージにぴったりでした。そして、もしこの作品を何度も見ることができるなら、最終的にはそういう風に登場人物たちを見守りたりなと思ったのです。

 

崩れ落ちた現実から1年2ヶ月経ったエピローグ。

セットから違う姿でひょこっと現れた瀬戸康史さんの抜けるような美しさには、正直本当にドキッとしました。

そして彼だからこそ、折り重なった幾多の人生の明るいところを照らし、この先へのかすかな希望の光を見せることができたような気がしています。

1部から2部への現実を見せられた観客としては、もうその光が本当に希望なのかは分からない、それでもつながる何かだと信じたい、そう願う物語でした。

一体感と圧のよしあし@梅芸「8人の女たち」

9/10(土) 17:00〜@シアタードラマシティ 

キャスト
ギャビー:湖月わたる
オーギュスティーヌ:水夏希
ピエレット:珠城りょう
ルイーズ:夢咲ねね
シュゾン:蘭乃はな
カトリーヌ:花乃まりあ
マミー:真琴つばさ
シャネル:久世星佳

スタッフ
上演台本・演出:板垣恭一
翻訳:山口景子
美術:乘峯雅寛
衣裳:十川ヒロコ

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わたしがこの作品に出会ったのは、もちろん映画の方でした。

ステキな衣装&セットにミステリ仕掛けの会話劇となんとも言えないミュージカルテイストを組み合わせた大変魅力的な作品だと思いました。

 

がしかし、ミステリあるあるで結末も成り行きもいい感じに忘れていたので、見る前に映画をもう一度見直すか迷ったのですが、見ながらドキドキしたいなと思って、割とまるっと忘れた状態で見ました。

 

クリスマスの頃、雪深いフランスの田舎の豪邸で館の主人が殺される。

その犯人探しをするうちに館にいる彼の家族やメイドたちの秘密が暴かれていく。

 

というシンプルな物語です。

後から知ったのですが、元々戯曲のこの作品、日本でも何度も上演されていて、スタッフは翻訳と演出のみが書かれているバージョンと、上演脚本・演出と翻訳があるバージョンがありました。

今回は上演脚本・演出のバージョンで、キャストは全てトップスターを経験している宝塚OGでした。

 

演出の板垣さんはキャスト一人一人の個性をじっくり見て演出をしていかれたそうなのですが、これは良し悪しかなあと個人的には思いました。

確かに今回この演目を見る観客には、この演出は嬉しいし、楽しい!

自分が応援していたスターたちがこんなふうにがっつりお芝居で絡みあうだけで面白いし、元タカラジェンヌ同士の一体感は、家族を描くにはふさわしい気がしました。

ただ元タカラジェンヌ同士なので、テンションあげていくとどこまでもあがっていく。

すると途中はゆるいドタバタコメディにしか見えなくて、ラストが浮いているなあと思ってしまったのです。

 

その中で久世さんのマダムシャネルが抑えた演技と的確なセリフ回しで素晴らしかったし、真琴さんマミーも登場してお酒を呑むだけで笑わす間の取り方が抜群でした。

そして花乃さんカトリーヌがうまいし、かわいい!

湖月さんギャビーは圧倒的に華やかだし、水さんオーギュスティーヌは個性的な女をきちんと演じていたと思います。

ただやはり湖月さん、水さんと同列に絡むにはピエレットの珠城さんは経験値の浅さと若さが目立ってしまったなと感じたのです。

そしてこの辺の調整をするのが演出の役目だと思うのですよね。

 

こういう言葉とやりとりで笑いを誘う場合、役者たちのパワーバランスと細かな間を調整するのが1番難しく、重要なところではと思っていて、その辺りのツメの甘さは感じずにはいられませんでした。

全体にずっと同じテンションで続いて走ってしまった印象で、人と人のやりとりの中での緊張と緩和がもっとあれば、あのラストももうちょっとザラッとした後味を残せた気がするだけに惜しいなと思いました。

 

そして改めて映画を見直すと、この緊張と緩和が上手いうえに、緩いミュージカル的な歌があることで、軽ーく館の主人の人となりを紹介していたり、自分たちの紹介や本心を見せているので、物語にもうちょっと膨らみがあるのですよね。

とりわけオーギュスティーヌの大変身と、メイドのルイーズの見た目にも豹変する部分は、同じセット、ほぼ同じ衣装(1日の出来事を描いているため)のこの作品の中で、楽しい見せ場にもなったろうし、キレイな水さんを水さんファンの方だって見たかっただろうし、ねねファンとしては、ルイーズのドライで人形みたいなメイドからガラリと態度を変えるさまを見たかったです。

 

映画は監督のフランソワ・オゾンが脚本にも携わっているので、恐らく元々の戯曲から脚色しているところは多々あるのだろうなと思うと、元々の戯曲を読んでみたい!てなりました。

(が、案の定ない。本当戯曲全般の原書、翻訳書不足、なんとかなりませんか涙)

 

とはいえ、ねねファンとしてははすっぱルイーズと最後の片足上げポーズを満喫しましたし、

ギャビーにコートを着せてあげるのが自然で、宝塚時代にこういうのも鍛えられたのだなというところも見えて満足でした。

そしてこの役はあの人で、みたいな妄想大会も楽しかったので、次回はぜひ、演出家を変えて違うキャストでやってくれると嬉しいなと思います。

正塚先生とか生徒をよく知ってて、割とセリフと間にこだわる演出家が演出するのも一つありかなと思っています。

個人的には、映画にあった同性愛要素を入れたものを見たいので、『レザネ・フォール -愛と幻影の巴里-』でナチュラルに同性愛要素を入れてきた大野拓司先生でも見たいなと。

 

そして著作権がなんとかなるなら、できれば映画版を舞台化したものを見たいです。

宝塚OGということは、もちろん巧拙あれど歌も踊りも鍛えてきた人たちなので、演技の間をちゃんとして笑いにつなげるよりも、得意分野を活かしてバージョンアップしていく方が見応えと楽しさはある気がします。

そしてそのときの配役当てにはぜひとも参加して盛り上がりたい!

 

今回一番うまいなと思ったのは、SNS戦略でしたね。

誰がどの役をやるでしょうクイズは、この作品を見る前からファンの妄想力をかき立てました。

こういう今ならではの楽しみ方提示は大事だと思うので、今後も楽しみにしています。

彼が見た夢、わたしが見た夢@宝塚月組「グレート・ギャツビー」

8/20(土)15:30~ 宝塚大劇場

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スタッフ

脚本・演出  小池修一郎

作曲・編曲  太田健・吉崎憲治・高橋恵・小澤時史

装置  松井るみ

キャスト

ジェイ・ギャツビー    月城 かなと        
デイジー・ブキャナン    海乃 美月        
トム・ブキャナン    鳳月 杏        
ニック・キャラウェイ    風間 柚乃        
ヘンリー・C・ギャッツ/運転手    英真 なおき        
マイヤー・ウルフシェイム    輝月 ゆうま        
ジョージ・ウィルソン    光月 るう        
ジョーダン・ベイカー    彩 みちる        
マートル・ウィルソン    天紫 珠李

 

今回の感想を語るのに、わたしの「初演への思い」抜きでは成り立たないので、そこから書いていきます。
つまりその前半がとても長いので、感想と分けます。
感想だけなら読んでやるぞという方は下記よりジャンプしてください。

1.初演「華麗なるギャツビー」とはどういう存在だったか

1991年の8月、わたしは16歳になったばかりの高校生でした。
12歳の小学校卒業式の日に、運命的にテレビ越しで杜けあきさんというスターに一目惚れしたわたしは、親に頼み込み13歳の時に「ベルサイユのばらアンドレとオスカル編~」で宝塚大劇場に足を踏み入れました。
そこから3年間、ほぼ宝塚歌劇しか見ていなかった身にとって「華麗なるギャツビー」は、本当に衝撃だったのです。

 

まずプロローグがない。
緞帳があがって紗幕があって、上手からニックと運転手が登場する。
2人の短くさりげない会話。
そこから紗幕の中には一人二人と人が増えていき、楽し気な音楽が響く。
一気に「ギャツビー邸」のパーティーが陽気に繰り広げられる。

 

シーンは魅力的に転換し、ショーアップされ、まるで本物の「ミュージカル」のようでした。
そう、そのくらい、その頃の「宝塚歌劇」は「宝塚歌劇」というジャンルで、「ミュージカル」ではなかったのです。
恐らく「ノバ・ボサ・ノバ」が上演された時代(1970年代前半)の方が、本場のミュージカルに近いものがあったのでは、と勝手に想像しています。
今思えば、1974年から「ベルばらブーム」がはじまって、特に芝居の方は「宝塚歌劇」という形式が出来上がり、それが熟成されていた時期だったのでは、とも思います。

そんな中で大劇場第一作目「天使の微笑み・悪魔の涙」でもミュージカル的な合唱シーンを作り、二作目「アポロンの迷宮」で観客が楽しめる要素を詰め込んだ、当時デビューしたての新人演出家だった小池修一郎先生の、満を持した三作目が「華麗なるギャツビー」だったと、これまた勝手に思っています。

ギャツビーの人生そのもののように、流れるようにシーンが移り変わり、魅力的な音楽とともに起伏しながら物語が進んでいく。
今の多くの「宝塚歌劇」では当たり前に行われていることです。
でもそれを初めて見たときは「こんな舞台があるんだ・・・、こんな舞台が作れるんだ・・・」と「衝撃」しかなかったのです。

2008年、日生劇場でこの作品が再び小池先生の手によって、二幕物として作り直されたときのプログラムに、評論家の小藤田千栄子さんがこう書かれていました。

宝塚の作品群のなかには、ときにふと思い出し『あれは良かったわねえ』と、長々と話し合ったりする演目がある。もちろん見る人によって、作品はさまざまだが『華麗なるギャツビー』は、かなり高い確率で、話題にのぼる作品ではないかと思う。 (中略) ついで、脚色・小池修一郎の手腕に感心した(中略)ダンス・シーンを多用し、セット転換の巧みさもなかなかのものだった(後略)。 (中略) だが脚本として、いちばんうまいと思ったのは、ニック・キャラウェイとジョーダン・ベイカーが、舞台のカミテとシモテで、電話で話すことによって、一気に、主人公2人の過去を語ってしまったことである(後略)

16歳のわたしが「なんて格好いいんだ・・・!」と思った転換もまさにこの「ジョーダンとニックの電話シーン」でした。特にこの後、昔語りが終わり、合言葉からアイスキャッスルに変わるところは、今見ても本当に格好良い・・・としびれてしまいます。

それまで単なる幼いファンで、宝塚音楽学校の受験資格の年齢にあてはまっていたわたしは、バレエも歌も習ったことなどないのに「音楽学校に入学してタカラジェンヌになれればいいなあ」というシンプルな憧れを持っていました。
しかしそれがこの日を境に変わったのです。

タカラジェンヌではなくて、わたしは、こんな格好いい舞台を作れる「演出家」になりたい!

ここからわたしは道を誤りました。
素直にタカラジェンヌに憧れて受験して落ちて現実を受け入れればよかったのに、「演出家」という正体がはっきりしないものに憧れた結果、どうやったらなれるのかを模索し、脚本の勉強をするために「真っ当な人生を送れたかもしれない大学」から、「わたしは夢に生きるんだ、就職などできなくてもよい」と実家から通える唯一のそういう舞台のことを教えてくれそうな大学に行ってしまいました(楽しかった・・・!)。
そして「本場の舞台芸術を学ぶんだ」と、大金はたいてロンドンまで行ってしまったのです。
わたしは舞台を作る人になれない、と気づいたのは27歳の時でした。

これが、初演の「華麗なるギャツビー」が、16歳の子どもの人生を踏み誤らせた一例です(笑)
しかしおかげで「やりたいことを、若い時のもてるだけのパワーを全部使ってやれるところまでやった」人生には満足しています。
そしてこの人生は初演の「華麗なるギャツビー」がくれたものだと思っています。
初演の「華麗なるギャツビー」は「舞台芸術」に興味を持った最初の作品だったのです。

というわけで、2008年日生劇場版も見ずにはいられなかったし、

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2017年梅芸版でブロードウェイから作曲家を呼んで作り直すぜ、と上演されたときももちろん見に行っています。

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だから購入していたチケットがコロナによって中止になった時は、自分でも驚くほど動揺してしまいました。
このわたしが、小池先生のギャツビーによってこんな人生を送っているわたしが、小池先生の新しいギャツビーを見れないなんてあり得ない、とまで思い込むほどに動揺し、いろんな方を振り回してしまいました。
おかげで再開された公演のチケットを譲っていただくことができ、見ることができたときはただただ感動、感涙。
本当にご心配、ご協力いただいた皆さま、ありがとうございました。
そして、小池先生がたどり着いた今回の「ギャツビー」の舞台化が想像以上によかっただけに、この公演が大劇場で7/22~28、8/19~22までの16回しか上演されなかったことが残念でなりません。
東京公演はぜひとも全日の完走を願って、感想に移ります。

2.2022年月組版「グレート・ギャツビー」の感想

梅芸版は初演の「華麗なるギャツビー」を音楽を使ってそのまま長く伸ばしたような作品でしたが、今回は2008年日生劇場版で加えられたシーンをうまくリメイクしながら、新しいシーンが追加され、セリフもちょこちょこと足されています。

(梅芸版で変に変更になっていたセリフは戻っているのでご安心ください)

 

そして美術が松井るみさんになり、ゴージャスさも増しています。
とりわけオープニングのギャツビー邸の豪華さはさすがで、初演ではギャツビー邸の入り口だったセットが、ギャツビー邸のパーティーガーデンのようなイメージになっています。
紗幕から透けてそのゴージャスなギャツビー邸が見えてきて、楽団が実際のオーケストラと合わせてチューニングを行い、ショーダンサーたちが飛び出してくるさまは、ステキに洗練された演出だと感じました。
ただ音楽はやはり初演時さまざまなジャズエイジのミュージカル曲から使っていたため、オリジナル曲にはそこまでの魅力を感じることができず、初演時も今も日本の「ミュージカル作曲家」不足問題は厳しいなと思ってしまいました。
一方、振付けは踊る人も進化していて、ダンスシーンが全体に見ごたえがあったのが、今回最もよかったところだと思います。

 

セットは豪華になっているのはいいのですが、変わることによるデメリットも見えました。
まずギャツビーの登場シーン。セットの関係上、バンっと扉が開けない。するとやはり迫力も減る。
その代わりに続くセリフを言いながら、ゆったりと階段を下りてくる部分では、ギャツビーの優雅さを強調することができるのです。

この「優雅さ」が今回の月城かなとギャツビーの特徴かな、と個人的に思っています。
月城さんは全編を通してとても丁寧にギャツビーの心情を演じ、歌っていらして、鳳月トム、海乃デイジーとの関係性の中で、小池先生が今回より強調した「日本人的なセンチメント」をとてもスマートに表現したギャツビーでした。
そして月城さんの素晴らしい個性として生まれ持った洗練さとか優雅さとかがあると思うのですが、ギャツビーの「優雅さ」は、あくまでも後から身につけたもので、ちょっとした拍子に剥がれてしまうもの。
例えば原作(村上春樹訳から引用しています)

では、ニックがはじめて会ったギャツビーのことをこう表現しています。

彼はとりなすようににっこり微笑んだ。(中略)まったくのところそれは、人に永劫の安堵を与えかねないほどの、類い稀な微笑みだった。(中略)微笑みは消えるー今僕の目の前にいるのは、エレガントだがどこか粗暴さのうかがえる一人の若い男である。

そしてニックとすっかり打ち解けたころ、ニックの言葉に対して

「過去を再現できないって!」、いったい何を言うんだという風に彼は叫んだ。「できないわけがないじゃないか!」

と激昂するシーンがあるのですが、こういったギャツビーの粗暴さが見え隠れしなかったところは個人的には残念ではありましたが、月城ギャツビーはそういうギャツビーではないのです。

それが一番出ていたのが、デイジーとの最後の銀橋のシーンだと思いました。
「裏街道には慣れているんだ」というセリフを月城ギャツビーはデイジーをまっすぐ見て言う。
小池先生のギャツビーは、本当の出自を、お金の出どころを、デイジーには知られたくない思いがある、ことは明白なのですが、バレてしまった後は、それすらさらっとデイジーに言っちゃう。デイジーの前ではどこまでもまっすぐで素直で真摯なギャツビーだったのだと思いました。そう思えるほどに月城さんはギャツビーでした。

ところで美しいギャツビー邸のセットのデメリットが個人的にはもう一つありました。見せ場のシャツシーンの衣裳キャビネットがなぜそこに?な場所にあるのです。
もちろん高さがあった方が「シャツを放り投げる」という行為の見せ場度はあがる。
けれどそのために衣裳キャビネットを変な場所に置くくらいなら、やはりシャツの方のリアルさを下げて、投げただけで舞うような柔らかな素材で作ってほしかったなと思います。
今回もシャツはシャツの形のまま、飛んでいました・・・。
そして初演映像を見返すと、どう見てもシルクでなかったらサテンか何か、とにかくもっと柔らかそうな生地なんです・・・。
梅芸版でもシャツは舞わなかったし、小道具の質が下がるのは永遠のナゾとなりました。

セットの残念さは他にもいろいろあるのですが(トムの車とか。車まったく知らないのでより忠実なカタチなのかもしれないけど、ぱっと見ダサい涙)、まあ時代が進化した分、そうしないと仕方ないのかなと思うので、よかったところをまず一つ。
T・J・エックルバーグ博士の看板と「灰の谷間」のセット。
デイジーたちの住むエリアとの格差をガンと感じさせる埃っぽさ、その中で生きるマートルとウィルソンの違いを視覚的に魅せてくれました。

で、マートルとウィルソンなのですが、この2人はどちらももう少し、もう一工夫ほしかったなという印象でした。ウィルソンは普通に生きている人誰もが少しだけ持っている狂気を、もう少しひそめてほしかったです。マートルを部屋に閉じ込めるシーンが追加されているだけに、光月るうさんにはより負荷がかかったと思うのですが、少し狂気の方が見えすぎてしまっているなと個人的に感じてしまいました。
マートルが足りなかったのは登場シーンの真ん中力なので、これはきっと東京公演が順調に重ねられる間に育ってくれると思います。期待!

次によかったセットが、アイスキャッスル。ここも猥雑さが強調されつつ、豪華さは増していました。そしてそこに転換用の板が差し込まれてウルフシェイムたちの歌になるのですが、照明もあいまってとても格好良かったです。輝月ゆうまさんは背丈もあるので存在が大きく、裏社会のボス的な余裕や当然の冷酷さが伝わり、戦争が終わってからギャツビーが生きてきた世界を見せてくれました。

アイスキャッスルといえば、足されたシーンの一つがここで、これは今回小池先生がプログラムに書かれていた

後日、(フィッツジェラルドのお孫さんの)長女の方からお手紙を頂き、その中に「日本的なセンチメントを感じた」と書かれていた言葉が印象に残り、5年後「エリザベート」を宝塚でやる時にも「日本人である自分の感受性を信じて宝塚版を創るしかない」と開き直ることが出来た。

この言葉を受けて、日本人が作って、日本人が見るギャツビーとして「センチメント」を強調したのだなと思います。
(ちなみにここで出てくる「ファルコンレア」というバーボンは架空名のようです)
足されたシーンはどれも悪くないんですよ。

とりわけ二部の始まりはこの時代のレビューと宝塚歌劇の強みをバーンと出した華やかなシーンになっているのが素晴らしい!

他も物語の説明としては親切だったり、魅せ方としてとても魅力的で面白いなと思うシーンでした。
しかしその分、ラストシーンへ駆けるスピード感はどうしても落ちてしまう。
どちらを取るのか、これは本当に難しい。
ただ初演時なくても全く問題がなかったので、わたしはなしでスピード感を強調してほしかった派です。ついでに、ラストシーンからフィナーレまで、10分休憩ほしかった。これは好き好きあると思います。

そういえば記者会見で歌われた新曲も追加されたシーンでした。

youtu.be

そしてそういうシーンだと思って見ると、歌詞も自然に思えました。
けれどあれなんですよね、デイジーとの最後の銀橋で「モーターボートで駆けつける」というセリフがあるので、モータボートあるならわざわざ「ガラスの橋架けなくてもいいんじゃね?」とかは思いましたけどね。「女はそんなロマンチストじゃない」を体現している人間ですみません。

この、わたしの永遠の憧れのセリフをいうジョーダン・ベイカー、彩みちるちゃん。
完璧すぎていうことありません。ええあれがジョーダンです。ただただステキでした。
そして対する風間ニックも純朴で、でもそれなりにいいとこの坊ちゃんのいい意味での真っすぐさがあって、だからギャツビーも打算もありながら心許したんだなと納得して見られました。
原作の冒頭を思い出させるニック像で、わたしは大好きです。

僕がまだ年若く、心に傷を負いやすかったころ、父親がひとつ忠告を与えてくれた。その言葉について僕は、ことあるごとに考えをめぐらせてきた。

「誰かのことを批判したくなったときには、こう考えるようにするんだよ」と父は言った。「世間のすべての人が、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではないのだと」

(中略)

おかげで僕は、何ごとによらずものごとをすぐに決めつけないという傾向を身につけてしまった。

 

原作といえば、トムはこんな風に表現されています。

(前略)口もとはどことなく厳しく、態度は見るからに偉そうだった。傲慢な光を宿した二つの目が、彼の顔の中ではまず人の注意を引く。(中略)

どことなく高みから相手を見下ろすようなところがあり、たとえ好意を抱いている相手を前にしても、彼のそのような態度は変わらなかった。

もうそのまんま体現したような鳳月杏さんのトム!
原作ではギャツビーがデイジーの目の前でトムに「デイジーは君を愛したことは一度もない」って言って、デイジーに否定されるシーンがあるんですけど、「そりゃあそうだよ、このトムを好きにならないわけないじゃないか」と大納得。
今回特に強調されていましたがトムは「特権階級の人間」なのです。それゆえの傲慢さも身勝手さもある。でもそこが魅力的でもあるから、デイジーはもちろん、マートルにいたってはぞっこんなわけですよ。
そのトムの魅力を最大限に表現されていてさすがでした。

 

さてデイジーですね。

早花まこさんのこのブックレビューに

(前略)無言のまま、ただ白いバラを一輪手向ける。14歳の私にとって、その様子はとんでもなく冷酷に映った。(中略)私は、ギャツビーに対するデイジーの理不尽な仕打ちが許せなかった。

と書かれていたのが非常に興味深く、初演映像をはじめて見たとき、同居人も同意見だったとのことでした。
わたしは、これはひとえに映像で見る鮎ゆうきさんの美貌がそう見えてしまったのだと思っています。映像は映し出された視覚情報がより鮮烈に残る。そして早花さんが書かれたシーンで、画面に大きく映し出された鮎ゆうきさんのまなざしをまざまざを思い出せるほどには、映像も何度も見た身としては、あの凄絶な美しさはより冷酷にも見えただろうとも思うのです。
そして初演のギャツビーというと、もうこの鮎ゆうきさんのデイジーの美貌と切り離せないところが罪ではあるのです。

空虚で純粋で傲慢なデイジー。鮎さんのデイジーは「これだけ美しい人だから全て許される。美人ならではの特権」と納得し流されてしまった気がするのです。

でもだからあの美貌の下に隠されたデイジーの哀しみを考えてしまった。

下記は過去に書いたものですが、物語のネタバレをしているので、もしご覧くださる方はご注意ください。

stok0101.hatenablog.com

原作ではデイジーはそこまでの美しさを強調されているわけではないのです。

もちろん普通に美しくはあるけれど、どちらかというとその声や接し方で男性を夢中にさせる部分があるようにとれる書かれ方をしていて、「絶世の美女」ではない。

逆にいうと鮎ゆうきさんのデイジーは必要以上に美貌が際立ってしまった。

そしてあの信じられないくらい美しい人に魅せられて、人生をかけてしまったギャツビー、という受け取りやすい構図になってしまったのだと今は思っています。

海乃美月さんはその演技力をいかんなく発揮して、真摯で一途な月城ギャツビーに呼応するデイジーを作り出していました。

とりわけ感動したのが、2008年日生劇場版で加えられた「女の子はバカな方がいい」という歌。当初違和感があってセリフだけで叫んだほうがシーンとして締まったと思わせた歌を、デイジーの叫びとして完璧に表現。幕がおろせるその実力に唸りました。

どこか心の一部を押し殺して生きてきたようなデイジーは哀しくさえあり、そこが鮎デイジーの美貌が隠してしまったものと共通して、とても魅力的でした。

だからこそちょいちょい脚本をいじっているなら、割愛してほしかったセリフがウルフシェイムの「すごい美人だな」と、ヘンリー・C・ギャッツの「きれいな人だ・・・」です。海乃さんはもちろんトップ娘役として美しいけれど、鮎さんのように「類まれな美貌の人」ではない。だけどこのセリフがあることによって、デイジーの容姿が気にかかってしまうことが残念でした。

そして少なくともギャツビー邸のパーティーシーンのデイジーのドレスは、もっと上流階級の人間だということを印象づける上品で豪華なものにしてあげてほしかったです。

東京公演で衣装変更、というのはやはり難しいでしょうか。

 

今回のギャツビーを観劇するにあたって、原作を今一度読み直したのですが、今まで作られた舞台を頭に思い起こしながら読むと、改めて小池先生がものすごく大胆な発想で舞台化されていることに気づきます。

とりわけ真夏のニューヨーク旅が、ミュージカルらしいゴルフコンペのシーンに差し変わっているところなんて、ジョーダンのゴルファーという設定から思いついたのでしょうけれど、ものすごいアレンジだと思います。

そしてあのラストシーン。

英真さんのヘンリー・C・ギャッツが初演の岸香織さんを思い出させる、どこか「陽」っぽい持ち味の父親で、その父親が微笑みながら少年のギャツビーのメモを読みあげる。

この辺りでこみあげてくるものがあって、もう何度か見たあのラストシーンがやってくると、一人の人間の生きざまを深く胸に刻み付けられて呆然としてしまうのです。

だから、このシーンのあとに、頭ではわかっていたけれど、これが七色に輝きだしたときは、ちょっと気持ちがついていけませんでした(汗)

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でもそのくらい物語に入り込める作品になっているし、キャストは本当によく演じています。

そしてこれに至っては約100分くらいに縮めなければならない新人公演もぜひ見たい!

現状はとても厳しいですが、祈ることぐらいしかできないので、心の底から東京公演の完走を祈っています。

一見するとおとぎ話のようでも@大阪松竹座七月大歌舞伎

7/10(日)12:00~ @大阪松竹座

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昼の部
近松門左衛門
一、八重桐廓噺(やえぎりくるわばなし) 嫗山姥
荻野屋八重桐 孝太郎
白菊 壱太郎
太田十郎 虎之介
沢瀉姫 千之助
腰元お歌 亀鶴
煙草屋源七実は坂田蔵人時行 幸四郎

井上ひさし 作「手鎖心中」より
小幡欣治 脚本・演出
大場正昭 演出
二、浮かれ心中(うかれしんじゅう)
中村勘九郎ちゅう乗り相勤め申し候
栄次郎 勘九郎
おすず/三浦屋帚木 七之助
太助 幸四郎
大工清六 隼人
真間屋東兵衛 松之助
佐野準之助 亀鶴
番頭吾平 扇雀
伊勢屋太右衛門 鴈治郎

歌舞伎を見るのはなんと2年半ぶり、ナウシカ歌舞伎以来になります。

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東京の歌舞伎座ではナウシカ歌舞伎のまた違うバージョンが上演されていて、とても羨ましいなと思いつつも、実際観劇してみたら2作ともとても楽しくて、ぜひ「はじめて歌舞伎」の方も見てほしいなと思いました。

 

仁左衛門さん復帰で話題の夜の部も相当気になったのですが、わたしの歌舞伎鑑賞のお目当ては「七之助の美しい姿を見ること」。

なので過去の写真とかをいろいろ検索し、花魁姿が見られそうな「浮かれ心中」目当てで昼の部にしました。

この「浮かれ心中」は1972年に直木賞を受賞した下記の小説を元に

1997年に十八世中村勘三郎さんが歌舞伎化されたそうです。

(イヤホンガイドでも「原作も面白いのでぜひお読みください」と案内されたので、時間ができたら読んでみようと、とりあえず買いました。読んでから感想追加するかもです。)

 

2年半前のナウシカ歌舞伎は、菊之助さんの怪我期間の観劇で「飛んでるメーヴェ」が見られなかったので、「ちゅう乗り」も大変楽しみにしていました。

 

ということで、本命は「浮かれ心中」だったのですが、一部の「八重桐廓噺も、とてもカッコいい演目でした。

こちらは近松門左衛門作ということで、義太夫狂言での演目。そのためイヤホンガイドの良さを改めて実感しました。

義太夫の歌を邪魔せず聞き取れるようにしてくれる案内、さすがです。

そしてそのイヤホンガイドによると、女形がこんなにしゃべる演目はそれまでなく、近松門左衛門がこの作品で初めて導入して、それ以降、「しゃべり」は女形の見せ場の1つになったとのことでした。

ということで、まず壱太郎さんの白菊ちゃんがカッコいい!

白菊ちゃんは、急に姿をくらました八重桐さんの夫・坂田蔵人時行の妹なんですけど、時行ダメ男が「親の仇を取るために姿をくらました」って言うと、それは白菊ちゃんがやってくれました、と八重桐さんに伝えられるという「え、白菊ちゃん、かわいい顔して何者?」感が最高です。

そして「そんなことも知らなかったなんて情けない」と八重桐さんに嘆かれる時行・幸四郎さんのダメ男っぷりも最高でした。

その後、沢瀉姫をさらおうと暴漢が押し寄せるんですが、それをバッタバタとなぎ倒していく白菊ちゃんがまたカッコいい!「カッコいいけど、ほんと、何者?」と思うのですが、女形が立ち回りしているのは、問答無用にかっこうよくて、見ていてスカッとします。

もちろん、この後の時行が乗り移った設定の孝太郎・八重桐さんの立ち回りもお見事。

2人の格好いい女形と千之助・沢瀉姫のかわいらしさに魅了される作品でした。

なかなかここままで女形ばかりが活躍する演目もないような気がするのですが、どうなのでしょう。

女形を見たいならぜひ!とおすすめしたい一本です。

 

爽快な気分で一幕目が終わって、お目当ての二幕目「浮かれ心中」がこれまた、非常に面白い演目でした。

あらすじは本当になんてことない、というか、自分の戯曲を売るためにお金に物言わせてあの手この手で注目をあびようとするアホボン主人公・栄次郎と、それに手を貸す太助のばかばかしい話しなんです。

そして勘九郎さんのアホボンがいい!

あーこの人、本当にボンボンなんだな、品がよくて憎めなくて可愛くて、だからこんなアホボンに親も育ててしまったんだろうし、今も甘々なんだな、という説得性がすごい。これって結構、演技では難しいと思うんですよね。

このアホボン・栄次郎とお調子者・太助が、次々とバカバカしいイベントを考えて注目を浴びようと右往左往するだけの終始、頭にお花畑が咲いたような楽しいお話しです。

ただそこに花魁・帚木とその恋人・清六が絡んできて、「えっ!」というエンディングを迎えます。

イヤホンガイドによると、原作ではこの「えっ!」のエンディングまでが描かれているらしいのですが、このエンディングがサスペンス要素とリアルなザラっと感があって、その辺りがさすが井上ひさしだなと思わせました。

だから原作どおりのシーンで終わっても、強烈なインパクトを残したでしょう。そして、いい意味での何か演目からのショックを引きずって劇場を後にしたと思います。

しかしながら勘三郎さんは、これをここでは終わらせなかった。

ショックを引きずって劇場を後にするのは、この歌舞伎という演目の中では勘三郎さんにとって違ったのかもしれません。

ということで、この後に「ちゅう乗り」があります。

この「ちゅう乗り」の設定のぶっ飛び方がすごくて、「なんかよく分からないけど、おとぎ話の中にいるんだ。これは夢だ・・・」と思わせるんですよ。

ましてや音楽がまさかの歌付き「It's a small world」ですよ、「チュウ」に乗って。

よく分からないけど、幸せだなあ、夢みたいだなあ、と思わせる力技にまいりました。

そんなわけで、物事の辻褄を考える方にはこのラストシーンはあわないかもしれません。

でも、七之助の花魁道中はやっぱり華やかで美しくてうっとりだったし(二役の演じ分けもお見事)、エンディングまでは理屈なしに楽しいし、ラストシーンでは「ちゅう乗り」も見られるし、歌舞伎の楽しさを詰め込んだみたいな演目なので、これも「はじめて歌舞伎」におすすめしたいなと思える一本でした。

その上で、あのエンディングのザラっと感のことを、ついつい考えてしまうという、個人的には大変に興味深い演目だなあと思います。

なので今後もぜひ上演してくださると嬉しいです。

エンディングを知った上での2回目が、素直に見てみたいので、ぜひ!

あ、あと舞台写真も売ってください。ナウシカ歌舞伎はその辺も充実しててよかったので。

当たり前だけど松竹座では玉三郎さんのお写真しか売ってないのが残念でした。

【7/23追記】

と書いてたら舞台写真販売はじまりました!

嬉しい!

じっくり選んで買います!

2022年7月大阪松竹座 七月大歌舞伎ブロマイド/『浮かれ心中』/061: 歌舞伎ブロマイド松竹歌舞伎屋本舗 歌舞伎関連グッズの公式通販サイト

タイトルの意味さえ分からないのが問題@スワンキング

7月2日(土)17:00~ オリックス劇場

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スタッフ

脚本/詞/演出 G2

音楽 荻野清子

 

キャスト

ルートヴィヒ2世 橋本良亮

リヒャルト・ワーグナー 別所哲也

コージマ 福田彩佳

ハンス・フォン・ビューロー 渡辺大

オットー 今江大地

ヨハン・ルッツ 牧田哲也

エリザベート 夢咲ねね

テレーゼ 藤田奈那

 

脚本演出のG2さんのインタビュー

ワーグナールートヴィヒ2世のことは前から気になっていたんですよ。

それで試しにワーグナーの妻・コージマに関する本を読んだら、もうそのまま芝居にしたいくらい面白かった。でも、ワーグナールートヴィヒ2世にコージマを強烈に絡ませると、すごくなると直感が働いて、(中略)こういう形になりました。

という言葉が物語っているように、このミュージカルの主人公はコージマであり、ワーグナーなのです。

ワーグナーとコージマを主軸にビューローとルートヴィヒ2世を描いたら、1部はメロドラマあり、2部は決裂と和解あり、ですっきりと誰にでもわかりやすく面白い作品になったのではと思います。

最初のワーグナーの人間的なダメさを歌う当時の妻ミンナとワーグナーの才能の素晴らしさを訴えるビューローとコージマの曲の三重奏具合も面白かったし、ラスト近くの「バイロイトへの道」は荻野さんの音楽の中でも、ものすごく力強く、コージマの野望と情熱が伝わるいいナンバーだっただけに、この曲を活かせる作品を目指せば「国産ミュージカル」の醍醐味ももっと伝わった気がします。

ワーグナーの別所さんはもちろん主役をできるだけのスターだし、コージマの福田彩佳さんも実力充分でパワフルだっただけに、この2人を主役にして描くことができなかったのは、さまざまなオトナの事情があるのかもなあと勘繰りたくなってしまいました。

そしてそれも「日本で国産ミュージカルが生まれにくい要素」の1つのような気がします。

 

さて、ルートヴィヒ2世はドイツの観光名所「ノイシュバンシュタイン城」を建てさせたことで有名で、ノイシュバンシュタイン城を日本語訳すると「新白鳥城」となるわけですが、おそらく一般的な知識というのはここまでくらいだと思うのです。

今回の客層を見ても、ワーグナーのオペラに興味があるとか、そういう感じには思えなく、かつ舞台の中でも「ローエングリン」のタイトルは出ても、ローエングリンの物語を説明するくだりはなく、ルートヴィヒ2世がなぜ白鳥の騎士・ローエングリンに心酔したかという説明もありません。

ワーグナーの世界観を表現するんだ!と「ノイシュバンシュタイン城」建設に向かう部分はあるのですが、そこで出てくるのも有名なあの外観の小さなセットだけで、あのお城の中にたくさんの白鳥モチーフが散りばめられているところは分からないわけです。

そうなるとなぜルートヴィヒ2世が「スワンキング」と呼ばれるのか、まずそこが分からない。

そういう「知っていないと分からないこと」が多々あったことが、まず問題だと思うのです。

(まず今は地方名としか残っていないバイエルン王国ってどこ?というのもあるし、すでにコージマが妻になっている状態でワーグナーにとって「フランツ・リストは恩人だ」というのもなぜ?になっちゃう気がします。)

まあ歴史上の人物を演じるときに、その人の勉強をするのは役者として基本だとは思うのですが、今回ルートヴィヒ2世を演じた橋本良亮さんは相当資料本を読まないといろいろ落としどころを見つけるのが難しかったのでは、と思います。

とりわけエリザベート(シシィ)との関係は、手紙のやり取りなどは資料本に載っていたりするわけですが、そこから踏み込んだところは恐らく二人にしか分からない。

そして今回の作品はそこを描くわけではない。

となると、もはやなぜエリザベート(シシィ)が出てくるのかもわからない。

これを見て???となってミュージカル「エリザベート」を見に行っても、ルートヴィヒ2世は登場しませんしね。(分かるのは母親ルドヴィカの「いわゆる姑問題ね」的なセリフのところだけでしょう)

冒頭といい、ワーグナーと絡まないルートヴィヒ2世エリザベート(シシィ)の出番が全部取って付けたように見えるのです。

(ちなみに22年前ノイシュバンシュタイン城が見える湖岸の劇場で見たこのミュージカルでは、シシィとの恋愛が描かれていたようで、当時のわたしはそれに怒ってたようです笑

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なぜドイツ語のミュージカルがわかったかというと、五か国語の字幕があってその中に日本語もあったんですよねえ。

ミュージカル自体はほぼ覚えていませんが、ラストシーンがスペクタキュラーだったことだけは忘れられません)

 

確かにヴィッテルスバッハ家マニア的には、ゾフィー(作中ではソフィー)との婚約破棄はその理由にするのね、とか、ああ湖での最期はその解釈でいくのね、とかそういう面白味はありますが、それ以上に普通にワーグナー、コージマとビューローの物語の方が人間臭くて面白かったので、本当にこちらを主軸に描けたらなあとその一言につきます。

ビューローを演じた渡辺大輔さんは「1789」ぶりに拝見したのですが、すっかり貫禄もついて、上背もあるのでああいう衣装もよく似合う。

破天荒な天才とすばぬけたマネージメント能力を持つ人の間で、自分にできることできないことの悩み苦しみは一般観客の共感も呼べますし、そういうトライアングルの中で、大ファンのスポンサーとしてルートヴィヒ2世を絡ませる方が面白い作品になったろうなと思うと、これまた惜しい、です。

予算の限りがんばったセットやその使い方あたりはさすがG2と思う演出もあったし、オリジナルな重厚な楽曲も惜しいので、採算度外視でワーグナーとコージマ主役にして、物語を構築しなおしたら、割と面白い作品になるとは思うのですが、商業作品としてそれもできないのが残念だなあ、と国産ミュージカルの難しさを逆に痛感しました。

 

ところでこの日はアフタートークとして「スワンキング女子トーク」がありました。

司会が山田裕美子さん、トーク出演者が梅田彩佳さん、夢咲ねねさん、藤田奈那さん。

せっかくなので覚えている限りその内容を残しておきます。(全てニュアンスです)

 

Q.藤田奈那さん初ミュージカル出演の感想

A.元々ミュージカルが好きで、特に宝塚ファンで、はじめて見た宝塚のトップ娘役・夢咲ねねさんと共演できて嬉しい。

苦労したのは輪っかのドレスの扱い。

稽古場から輪っかをつけていたけれど、他の出演者のように取り外しがスムーズにできず、トイレにもいけなかったのを山田裕美子さんが助けてくれた。

 

Q.夢咲ねねさん宝塚を目指した理由

A.なんとなく高校に行きたくなかった。修学旅行で宝塚を見たときに、ここだ、と直感的に思った。音楽学校の(山田裕美子さん曰く)鼠色の制服も憧れた。

山田裕美子さんは1期上の先輩で、委員(成績上位者で期をまとめる立場)でかっこいい憧れの人。だから話したいけれどなかなか会えないレアキャラだった。

(山田裕美子さん曰く、早く帰りたかったとのこと)

 

Q.梅田彩佳さんコージマについて

行動力があってすごい。とにかく別所さんが好きすぎる。別所さんと共演できていることに感動する。

 

Q.他に演じてみたい役は?

藤田奈那さん→民衆。衣装も憧れる。

(山田裕美子さん曰く、一緒にやろうよ、大歓迎、とのこと。アンサンブル少ない中で皆さんいろんな役を演じ分けてらしてすばらしかったです)

 

夢咲ねねさん→エリザベートをできるのが幸せすぎるのであんまり思いつかないけれど、ミンナもやってみたい。

宝塚時代、「エリザベート」新人公演で鏡の間の衣装(有名な「見返りシシィ」とも呼ばれる↓↓↓の肖像画を模した衣装。あ、因みにこの小説も大変面白いです)

をはじめて着たときに「シシィだー!」と感動したけれど、今回もやっぱり同じことを思って、自分って変わらないなと思った。

(個人的に面白かったのは、そんな衣装を着ても舞台袖ではドレスが邪魔にならないようめちゃくちゃ小さくなっている、という山田裕美子さんのお話し。これ、個人的には舞台人としてプロというか、輪っかのドレスでたくさんの舞台に立った経験値のなせる技だなと思いながら聞いてました。

そしてすみません、ここの梅田彩佳さんのお答えが思い出せません・・・)

 

Q.国家予算レベルの大金を自由に使えたら何に使う?

藤田奈那さん→全国の歩道を「動く歩道」にしたい。歩くのが嫌いだから。劇場までも歩いてきているけれど、せっかちなので、早く着きたい。

夢咲ねねさん→犬を2匹飼っているので、全国の犬が幸せに暮らせるような施設を作りたい。

梅田彩佳さん→国産ミュージカルばかりかけている劇場街を作りたい。大劇場からブロードウェイのようにオフブロードウェイがあったりして、そこに行けばいつでもミュージカルが見られて、ミュージカルにたくさん触れられるようにしたい。

 

梅田彩佳さんのお答えが実に素晴らしいのですが、結局そういう話としてしか見るしかないよな、になってしまった「スワンキング」がやっぱりもったいなさすぎるな、としみじみしてしまいました。

苦悩するスーパースターの麗しさ@宝塚花組「巡礼の年」「Fashionable Empire」

6/11(土)15:30~ 宝塚大劇場

ミュージカル
『巡礼の年〜リスト・フェレンツ、魂の彷徨〜』
作・演出/生田 大和

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キャスト

フランツ・リスト    柚香 光        
マリー・ダグー伯爵夫人    星風 まどか        
フレデリック・ショパン    水美 舞斗        
ジョルジュ・サンド    永久輝 せあ        
ヴィクトル・ユゴー    高翔 みず希        
ダグー伯爵    飛龍 つかさ        
ジギスムンド・タールベルク    帆純 まひろ        
ラプリュナレド伯爵夫人    音 くり寿        
エミール・ド・ジラルダン    聖乃 あすか        
ジョアキーノ・ロッシーニ    一之瀬 航季        
オノレ・ド・バルザック    芹尚 英        
オランプ・ぺリシエ    都姫 ここ        
少年リスト    美空 真瑠    

 

下手の横好きでピアノを長く習っていたわたしですが、リストというと有名な「愛の夢 第3番」に挑戦したものの全く歯が立たなかった思い出しかなく、つまり技巧を求められる作品を作る作曲家で、超絶技巧なピアニスト、くらいしか知りませんでした。

あ、ショパンと割と親しかったというのは聞きかじっていましたが、そのショパンについても曲は知っていても生涯はほとんどは知らない作曲家でした。

ただこの作品が上演されることが決まってから、リストは大変な美形で、その時代の女性を虜にしていた、ということを知り、今一番の美貌を誇るトップスター・柚香 光さんの美しさを拝みにいくか、くらいのかるーい気持ちで見に行ってみたら、本当にリストが当時美貌と実力を兼ね備えたスーパースターだったことを知りました。

隣の席の方が「YOSHIKIみたいだね」とおっしゃっていたのですが、本当にそのような存在だったのだと思います。

またWEBで調べる限り、柚香さんのこの髪型は本当に当時のリストを再現しているものっぽいです。

柚香 光に金髪の鬘、それは鬼に金棒。

 

幕開きの「けだるげにソファに横たわる柚香 光リストとそのソファの肘にたたずむ永久輝 せあジョルジュ・サンド」を見るだけでも、この作品滴りますよ!

ある意味、宝塚的に最強の幕開きです。

もうこの時点で、「舞台写真、早くください!」になりました。

 

この作品は3つのパート+ラストシーンくらいにざっくり分けられると思います。

最初が「時代の寵児」として大活躍する一方で、そうあるための様々なオプションに神経をすり減らし、悩み苦しむリスト。

もうこの最初の部分が最高にすばらしかったですね。

美しい人の悩み苦しみ荒れる姿ってそれだけで滴るというか、なんというか。

そしてサロンコンサート部分をロック調に仕立てていたのも、作品として魅せてきたし、当時のリストの存在がどんなものだったのかを分かりやすく伝えていたのも好感。

彼の苦悩も想像つきやすくもしてくれました。

 

そこからマリーとの恋愛パートに移っていくわけですが、ここで「痛みや悩みを共感できたから惹かれていく」というパーツがめちゃくちゃ自分好みであることを、はじめて自覚しました。

自分のピアノ演奏からその孤独を見抜いたマリーの元へ、助けを求めるように駆けつけるリスト。リストの登場に驚きながらも自分の寄る辺なさを打ち明け、心通い合わすシーンに思わずキュン!

そして手に手を取って駆け落ちする二人に納得してしまったのです。

ただそのあとの、「キャッキャウフフ」なシーンはもうちょっと作りようがあったかなあと思います。

いやまあ、次この2人で上演予定の「うたかたの恋」も同じ感じのシーンがあって、それはそれで「宝塚歌劇の恋愛」を描くとしたら古典的な手法なので、全然あり、ではあるんです。

でも要所要所、宝塚歌劇ではなくロックミュージカルっぽく仕上げているところが、割にいいなと思ったので、ここはもう二人のダンスシーンでよかったのでは、と個人的には思います。コンテンポラリーな感じのペアダンスにしてあれば、見どころの一つとして「強いシーン」を作れたように思うので、惜しい。

あと、まあ「パリから離れた」ことさえ分かれば場所はどこだっていいんですけど、下手に背景にマッターホルンが見えて、スイスなんかなあとか変に気が散ってしまったので、マッターホルンを描くなら場所を示す、なんとなくヨーロッパのどこか自然の多いところで貫くなら象徴的な背景はない方がいい気がしました。

 

この後、すれ違っていく二人と2月革命のはじまりが描かれていくのですが、その革命を呼びかけるエミール・ド・ジラルダンと民衆、真逆の世界で浮かれるリストを対比させたシーンと歌が、とてもミュージカルしていて見ごたえがありました。

ここでラップ調の音楽は、そのリズムが民衆のうごめきと躍動を表してとても活きていたし、それを聖乃 あすかさんがよく歌っていました。

カサノヴァでドーヴ・アチア氏と組んだ経験がこういう風に活かされていくのかと思うとまた感慨深い。

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動乱のヨーロッパ、すれ違う恋人同士、揺らぐ価値観に翻弄される芸術家たち。

自分に酔いしれ、ますます道化っぽくなっていくリスト。

その中で信念を貫くジョルジュ・サンドの強さと、揺らがないショパンも魅力的。

なのに、この辺りが集中力を切らしてしまうのはなぜなんでしょうか。

この辺のマリーとリスト、サンド&ショパンとリストの会話シーンはもう一工夫、必要だったかもしれません。表現的には嫌いじゃないんですが、どうしても話を続けるための力業的な方法に見えてしまったのが残念です。

そして唐突に感じられるラストシーン。

この辺りをもう少し整理したら、退屈させないくらいの良作には仕上がったような気がします。

 

革命以降、サンドとショパン、マリーはそれぞれの道を歩く(マリーは待たずに作家&ジャーナリストとして活躍していく様子を描けばOK!)。そしてリストはマリーに失恋したことにして(史実と違うけれど)ローマ移住&キリスト教への傾倒をさらっと描く。ローマでの生活の中で、過去を思い出しながら「巡礼の年」を作曲するリスト、その音楽とともに現れる関わった人々とマリー。「マリー、あの最も魂が浄化された日々よ」的な感じで終わってよかったように思うのですが、どうでしょうか。

 

全体にわたしはかなり面白く見たので、もっと面白くできるように思うと、やっぱりカサノヴァの時と同じく「惜しい!」な感想になってしまいました。

あと気になったのがハンガリーで「リスト・フィレンツ!」と呼ばれること。副題にもあるしリアルだけど、こう呼ばれる理由の説明をしないなら、別に「フランツ・リスト」で通してしまってよかったように思います。

 

この作品はもちろん史実から創作されているものなので、そうなると個人的には本当かどうかはわからない「サンドとマリーとの複雑な三角関係」も書き込んでくれたら嬉しかったなと思います。

せっかくサンドを男役さんがやっているので、サンドとマリーのラブシーンとかちょっと入れてもらったら、大変おいしく見たんですけどね。

 

いやでも、この作品の柚香 光さんは本当に美しく、孤独感をこじらせて病んだり、コンプレックスをこじらせて有頂天になったりする姿が本当に魅力的でした。

ポーの一族」のアラン・トワイライトが好きだった方は、見ておいて損はない柚香 光なので、ぜひ!

マリーの星風 まどかさんは、こういう自分を持った強く落ち着いた役の方が個人的には好きです。言葉が武器である役は、歌が得意な彼女によく似合っていたと思います。

水美 舞斗さんの柔和で繊細で優しいショパンはイメージどおり、そして永久輝 せあさんのジョルジュ・サンドは本当に蠱惑的でもあるので、ぜひ劇場で見ていただきたいです!

一つあか抜けた感のある聖乃 あすかさんに、もはや貫禄さえ感じさせる音 くり寿ちゃん。まどかマリーが「ちょっと着られてた?」と思ったサロンのゴージャスな衣装もなんなく着こなしてしまうのもさすがです。

 

と全体に柚香 光さんと永久輝 せあさんの美貌に酔いしれた後のショー、これが辛かったです。

ショー グルーヴ
『Fashionable Empire
作・演出/稲葉 太地

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いや、普通の稲葉先生のショーなんです。

しかも、場面がトップスターから4番手まできれいに散りばめられて、見せ所もあるし、普通に面白かったはずなんです。

なのにこれはタイトルが悪い。

「Fashionable Empire」と冠がついているのに、衣装がダサい(涙)

いいんです、宝塚の衣装なんてダサくても着こなしてしまうことに意味があるので。

でもタイトルが「ファッショナブル」とついてると、よけいそのダサさが気になって仕方ない。結果、一つ一つの衣装をついついチェックしてしまううちに終わってしまったのがもったいなさすぎるので、今後タイトルには本当、気をつけた方がいいと思います。

特に柚香 光さんは、舞台以外のお仕事でこんだけ「ファッショナブル」な姿を見せているので、そのレベルを求めてしまいます。

しかも柚香さんのヘアカラーがめっちゃくちゃファッショナブルなだけに、衣装がそこに追いつけない哀しさ。

これ、今からでも「Passionable Empire」とかに変えませんか、真剣に。

そうすれば普通のショーとして楽しめる気がします。

想像以上のジャズクラブ体験@霧矢大夢ビルボードライブ大阪

5/19(木)19:00~ ビルボード大阪

Member  
霧矢大夢(vo) 
 
三枝伸太郎(音楽監督、p) 
会田桃子(vn) 
西嶋徹(bs) 
今井義頼(dr) 

Guest 蒼乃夕妃

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二度目のビルボード体験がまさか霧矢くんのライブになるとは思っていませんでしたが、いい意味で期待を裏切られた内容でした。

因みに最初のビルボード体験はこちら↓↓↓

stok0101.hatenablog.com

 

というのもセットリストがほとんどジャズ。

宝塚時代の曲は2曲だけ、だったような気がします。

そんなセットリストを記録として残しておきます。

 

【前半】

1.It Don't Mean a Thing (If It Ain't Got That Swing)/英語
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2.Cheek to Cheek/英語


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3.Stardast


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4.I Got Rhythm


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5.他人の関係(一青窈

6.Feeling Good


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7.Lady is A Trump(蒼乃夕妃さんとデュエット)

と教えていただきました!

記憶の中のイメージとあっていてよかったです😌


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8.Unforgetable(蒼乃夕妃さんとデュエット)


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9.あなたこそ我が家(スカーレット・ピンパーネル/蒼乃夕妃さんとデュエット)

 

【間奏(バンド演奏のみ)】

On The sunny Side Of The Street


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Take the A Train


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【後半】

10.That's Rich(ニュージーズより)


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11.I Don't Nees a Roof(Big Fishより)


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12.ZAZZ(The Promより)


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13.Charming(ナターシャ、ピエール&グレートコメットより)


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14.Coner Of The Sky(ピピンより)


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15.You Raise Me Up

 

【アンコール】

16.魂のルフラン

17.Smile


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どうですか、この霧矢さんの「ミュージカル」と「ジャズ」に愛を感じる選曲!

もう本当どれも素晴らしくて、「ビルボードの夜」を堪能。

しかも霧矢さんから「乾杯」もあり、「全力で観劇します!みたいな感じじゃなくていいんですよ。いっぱい飲んで食べてください」みたいなお声がけがあったのも、「あー会社帰りのナイトライフを優雅に楽しんでいるんだ、私」と思わせてくれました。

 

前半の服装はちょっとシースルーな黒のパンツスタイルだったので、やはり蒼乃夕妃さんとのデュエットが心に残りました。

宝塚時代の曲は1曲「あなたこそ我が家」だけだったのですが、あの頃、組替えしてきた若きトップ娘役さんということで若干の緊張感もあった蒼乃さんが、本当に柔らかい雰囲気で幸せそうに歌われていて、すごく多幸感に包まれました。

ここでの楽しいトークTwitterにつぶやいたので、どうぞ(笑)

ちなみにこの日は霧矢さんも蒼乃さんから「エドワード8世」のときにもらった指輪を付けていたとのことで、懐かしのきりまりタイムも堪能しましたw

 

そして間奏の選曲がまた心憎い!

ピアノ、ヴァイオリン、サックス、ドラムで編成されたバンドメンバーのサニーサイド、堪能させていただきました。

 

後半は霧矢さんが宝塚卒業後出演されたミュージカルからの選曲だったのですが、残念ながらわたしが見ていたのが、霧矢さん曰く「みんな大好き」な「Big Fish」と「ピピン 」しかなくて、でも見たかった作品ばかりだったのでうれしかったです。

その中でもとても楽しみにしていた大阪公演がコロナ禍で中止になった「The Prom」の曲を歌ってくださったのが特に感動でした。

しかも見ていない観客用にちゃんと役柄と曲の内容の説明もしてくださる!

で、これから再演がはじまる「ピピン」の宣伝をされてその中から一曲とのことだったので、ファストラーダの「Spread a Little Sunshine」かと思っていたら、まさかの「Coner Of The Sky」!

またこの曲の持っている少年味が霧矢くんの中にある魅力と合致して、本当に魅力的でした。しかも歌詞、聞き取りやすい!←大事。

 

で、「You Raise Me Up」でしっとり終わったあとのアンコール「魂のルフラン」には驚きました。

とはいえ蒼乃さんとのトークの中で、宝塚卒業して10周年というお話しがあったので、サヨナラ公演のショーの最後の大階段で歌った曲が選ばれるのは、まあそうですよね。

ただサヨナラ公演当時もなぜ霧矢さんにこの曲なんだ!と思っていた上に、今回、霧矢さんから「当時この曲を知らなくて、アニソンかーと思った」というお話しがでて、「霧矢さんの希望じゃなくて、やっぱりサイトーくんキミの趣味か!校舎の裏に来てもらおうか!(怒)」てなったんですが、これを歌ったあとに

と、霧矢くんの天然っぷりが発揮されてかわいかったので許します←何目線(笑)

 

そして最後の曲「Smile」で泣きました。

大好きな大好きな、わたしの中でとても大切な一曲で、それを最後に歌ってくださるこんな幸せなことがあっていいんでしょうか。

日本語だったのがちょっと残念だったのですが(インスタで三木先生の訳詞で歌っている曲が多いと書かれていたので、三木先生が宝塚ショー向けにつけた歌詞だったんだろうな)、最初、チケット取れたら行くかーくらいの気軽な気持ちだった自分をちょっと反省しました。

 

霧矢さん自身もビルボードの空間を楽しんでいらっしゃる雰囲気が伝わって、終始楽しいステージでした。そしてまたこのような機会をもうけたい、その頃には客席を練り歩いたりできたらいいな、ということだったので、今度そのような状況で開催されることがあったら、その時はサービスエリアで食事とアルコールとともに「霧矢タイム」を堪能したいな、と思います。