こんなことを思ったり。ぼちぼちかんげき。

アラフィフ負け犬がビンボーと戦いながら、観劇したものなんかを感激しながら記録。

極上のゴシックエンターテインメント@ポーの一族

1/16(土) 12:00〜、1/22(金) 17:00〜 梅田芸術劇場

スタッフ
原作萩尾望都ポーの一族』(小学館「フラワーコミックス」刊)
脚本・演出 小池修一郎宝塚歌劇団
作曲・編曲 太田健(宝塚歌劇団
美術 松井るみ
振付 桜木涼介 KAORIalive 新海絵理子

キャスト
エドガー・ポーツネル 明日海りお
アラン・トワイライト 千葉雄大
フランク・ポーツネル男爵 小西遼生
ジャン・クリフォード 中村橋之助
シーラ・ポーツネル男爵夫人 夢咲ねね
リーベル 綺咲愛里
大老ポー/オルコット大佐 福井晶一
老ハンナ/ブラヴァツキー 涼風真世
ジェイン 能條愛未
レイチェル 純矢ちとせ

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全体の感想を書く前に、今回はきっと千葉雄大さんのアランが大事だと思うので、先にそこ、いっておきますね。

千葉雄大さんはがんばっていました。特に30才を超えた男性がちゃんと「14歳くらいの可愛い少年」に見えたことは1番大切で、すごい点だと思います。

ただ、わたしは原作アランにも柚香光アランにも特に何の思いれもありませんが、舞台上の役者さんを見る際に個人的に1番重視するポイントが「セリフ回しと動き方」なんです。

セリフ回しは悪くなかったし、少年役ということで、実際の声よりも高いところで出し続けなければならないことは、とても大変だろうなと思います。でも動き方が本当に見ていてつらかった(涙)

舞台を見ながら、この方はとても真面目で努力家なんだろうなと思いました。演出家に言われたことを気をつけ、周りとの差を必死に埋めようとなさっていた気がするのです。その結果、スキルの足らなさを埋めるために、アランという役を演じることに全力を注げていないように見えました。2回目の観劇時ではずいぶんとアランとして感情を乗せられてきていたので、きっと大千穐楽には、かなり良いものが見られることと思います。

でもこの作品は、宝塚歌劇でも2.5次元ミュージカルの価格設定でもないのです。つまり成長を楽しむための舞台ではない。だから彼が初日からアランとして息づくよう導けなかったのは、単に演出家の責任だとわたしは思っています。

あとアランの「緑の瞳」を印象的に残せなかったのも小池先生の足らなさでしょう。

 

さて、3年前の宝塚歌劇版「ポーの一族」は、あえてのほぼ原作未読で行きましたが、今回は全部読んで行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

内容は宝塚版とほぼほぼ一緒ですが、宝塚版より個人的にいいなと思ったポイントが、「ちりとなり消滅するポーの一族の最期」の見せ方。

宝塚版では老ハンナのみ、消えてプシューと煙が出たのですが、今回はメリーベル以外はちゃんとこの消え方で、しかも大老ポーは新しい漫画の「ポーの一族」の方で死んではいなかったことが明らかにされるので、それに従ってぼかしているのも、小池先生のなみなみならぬ原作への愛を感じました。 

 

宝塚版では薔薇を全面に押し出し、夢々しさをみせていたセットも一転、ティム・バートンの映画を思い出させる「幻想的なゴシックホラー」なイメージでとても美しく、三階分くらい階段を作って組んだことで、立体的に魅せていました。そしてそれを盆を回したり、切り離したりしながら使っていくステージングも見事でした。

アンサンブルが本当に実力者揃いだったため、オープニングの踊りがとても迫力があり、振り付けも優れていました。

男性が入ることでコーラス、音に厚みが出たこともよかったです。

また一幕ラストシーンが相変わらず圧巻!

階段のセットを活かして、盆をぐるぐる回しながら、エドガーの過去から今までの人生とその他の人々の生きている様を多面的に一気に見せてくるさまにゾクゾクしました。この辺、本当に小池先生、天才!とやっぱり思ってしまうのです。

あとはやはりコヴェントガーデンやホテル・ブラックプールの明るいシーンのショーアップ具合が、この作品をよりエンターテインメントに仕上げていて、本当終始見ていて楽しい作品でした。

 

宝塚版 

ポーの一族('18年花組・東京・千秋楽)

ポーの一族('18年花組・東京・千秋楽)

  • 発売日: 2019/12/01
  • メディア: Prime Video
 

 

と細々した変更点(上記コヴェントガーデンでエドガーの短い歌が差し込まれたりとか)はたくさんありますが、大きな変更点は、下記2点かな。

 

①男爵とシーラの婚約式で、大老ポーの歌が増えている。

②メリーベルと銀のばら部分のシーンが長くなり、メリーベルのソロ歌唱がある。

 

①については、ソロ歌唱はいいのですが、寝覚めたばっかりの大老ポーと老ハンナとのやりとりが歌になってしまい、個人的には長尺に感じました。ここはセリフのままの方が好みでした。

②は断然、今回の方がいいですね。さらにメリーベルのソロ曲がいい。子どものエドガーとメリーベルで歌っていた歌(お前の水車)を上手く転調して、歌詞もその歌を受けて作られていて、メリーベルが一族に加わったその感情を丁寧に見せていました。シーンの後に「オズワルドの遺言」が加わったのも、個人的には好みの足し算でした。

 

で、ですよ!

綺咲愛里リーベルが天然にかわいい!ナチュラルにかわいい!

ご本人の個性とか得意分野とこの役があっているんでしょうね。演技している感ゼロ。美少女特有の魔性性は感じられなかったけれど、笑い声まで無意識に全部、自然に美少女で大変満足いたしました(笑)

 

明日海エドガーは宝塚版から何ら変わらず、もうエドガーとして完璧なことにため息がでるレベルの完成度です。

男優に混ざっても「エドガーとして」違和感がない。宝塚版では最初の銀橋ソロが、今回は階段のセットに座った状態からはじまるのですが、このシーンが「絵」としても魅せるのです。孤独で淋しさを湛えながら佇むエドガーは、まるでこんな原作のシーンがあったんじゃないか、くらい思わせました。

 

小西遼生さんの長身で端正なポーツネル男爵と夢咲ねねちゃんの強くて愛情に満ちたシーラがいることで、宝塚版より「家族感」を増していて、エドガーが肉親(メリーベル)だけではなく、演技ではあったけれども家族と呼んでいたものを全て失くした哀しみ、その孤独感は今回の方が伝わりやすくなっていました。

 

一方で老ハンナは宝塚版より冷たい。こういう「赤い血流れてないよね」な役をやらせると涼風真世さんは素晴らしいですね。

その歌声と存在感が光っていて、婚約式の始まりなんかは、「えーと、わたし今30年くらいタイムトリップして、カナメちゃん(涼風真世さん)がトップのショー見にきてるんだっけ?」と錯覚しました。ブラヴァツキーについては、あ、PUCKとかオットーよりのカナメちゃんだよね、と思って見ました。いいか悪いかと言ったら、演技パターンが限られているのは悪いのですが、熱心に宝塚を見ていた当時を思い出して、めちゃくちゃ楽しかったのでよし!(^◇^;)

少なくとも歌声は圧巻だったし、それで彼女の仕事は果たしていたでしょう。

 

個人的にはジャン・クリフォード中村橋之助さんとバイク・ブラウンを演じた丸山泰右さんが、とてもセリフ回し、滑舌がよく心地よく見られました。

そしてセリフ回しがいいから、宝塚版ではわたしにとって少し印象の薄かったシーンが改めて浮き彫りになったのも面白い体験でした。

特にメリーベルが殺された後、やってきたエドガーに「何か言い残すことは」と言われ、クリフォードが「君はどうして、なぜ生きている」と問いかけるシーン。

この言葉を受けて発砲するエドガーの感情、そして続く哀しい嗚咽のような歌(何故生きているのか?)が、よりグッと心に迫ったのです。

ああ、芝居する相手によって変わる、ということはこういうことをいうのだなと思います。

 

ホテル・ブラックプールを歌った加賀谷真聡さんといい、ユーシスやオズワルドも演技もダンスもよく、アンサンブル全体がこの公演を引き上げてくれていたのも嬉しく、わたしには何度見ても楽しい、面白い良作でした。

なので大阪公演は観劇日と近かったこともありライブ配信は見ませんでしたが、東京、名古屋のライブ配信はぜひ見たいと思っています。

 

そしてTwitterでも散々つぶやきましたが、セットで一点変えていただきたいところがあるのです。

リーベルが追い詰められるシーンに、薬棚のようなものがあるのですが、その棚のガラスにメリーベルが映ってしまうのです。

これでは散々劇中で「鏡に映っていない!」と男爵が注意するシーンが台無しです。

ぜひとも東京公演が始まる前に、棚からガラス的なものを取っていただけると嬉しいです。

ポーの世界観に浸れることこそが、この作品の魅力だと思うので、世界観の小さなヒビはぜひとも早く修復してくださることを期待しつつ、名古屋までのこの公演の完走を心から願っています。