こんなことを思ったり。ぼちぼちかんげき。

保護猫と同居人と暮らすアラフィフがビンボーと戦いながら、観劇したものなんかを感激しながら記録。

細部にわたって豪華なるものは一見の価値あり@宝塚雪組「蒼穹の昴」

10/15 11:00~ 11/6 15:30~ @宝塚大劇場

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スタッフ

原作 浅田次郎
脚本・演出 原田諒
作曲・編曲 玉麻尚一
京劇指導 帳 春祥
装置 松井るみ
衣裳 有村淳

キャスト

梁文秀    彩風 咲奈
李玲玲    朝月 希和
李春児    朝美 絢    
李鴻章    凪七 瑠海
順桂    和希 そら    
光緒帝    縣 千    
ミセス・チャン    夢白 あや    
白太太    京 三紗        
伊藤博文 汝鳥 伶    
西太后    一樹 千尋    
楊喜楨    夏美 よう    
栄禄    悠真 倫    
康有為    奏乃 はると    
李蓮英    透真 かずき    
袁世凱    真那 春人
岡圭之介 久城 あす
安徳海    天月 翼        
瑾妃    沙羅 アンナ
親王・柴五郎    叶 ゆうり        
譚嗣同    諏訪 さき        
黒牡丹    眞ノ宮 るい        
趙掌案的 星加 梨杏        
親王    日和 春磨    
王逸    一禾 あお        
鎮国公載沢 咲城 けい    
周麻子    真友月 れあ
蘭琴    聖海 由侑    
トーマス・バートン 壮海 はるま    
珍妃    音彩 唯    

 

原作はこちらです。

原作ある舞台を「読んでから見るか、見てから読むか」は非常に迷うところなのですが、過去に読んだ浅田次郎氏の小説が読みやすかったこともあり、「読んでから」見に行きました。

 

今回の舞台は、この「読んでから見る」「読まないで見る」の感想がそれなりに分かれそうだとも思います。

というのもやはり文庫本でも4冊にわたる長編を2時間ちょっとの長さにまとめるわけですから、どうしても割愛は多くなります。

それを「原作読んでなくても楽しめるか」というところが重大な要素になるかと思うのですが、個人的に原田先生はその点で素晴らしい仕事をなさったと思っています。

「楽しめる」と「すべてを理解する」のは別物で、原作を読んでたから分かったけれど、読んでいない人には分かるだろうか…と特に二部は思いました。

それでも「分からなくても魅せられて圧倒される」舞台であったことは確かだと思います。


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まず特筆したいのが衣装とセット。

バブルがはじけて、神戸の震災以降の宝塚で、こんなに豪華で圧倒される衣装とセットを久しぶりに見ました。

(まあ逆にいうと衣装に関しては震災前の宝塚歌劇は本当にすごかったんですよ)

とりわけ紫禁城のセットは、大階段をうまく使っていて、登場した瞬間はあまりの豪華さに息をのみました!

このセットに美しく豪華な衣装をまとった人々が大勢立ち並ぶ光景を見るだけでも一見の価値はあると思うのです。

また京劇もしっかり指導を受け、さらに華やかな見せ場となっていたところに本当に心から感心しました。

 

またこの長い作品をなんとか魅せようとした結果の転換が素晴らしく、とりわけ個人的な一番のお気に入りは、順桂阿片窟の布のセットとダンスをうまく使って、西太后登場へ行きつくところです。

甲午の役(日清戦争)含む特に麻咲梨乃さんの振付のダンスナンバーもステキで、ミュージカルナンバーも「グランド・ミュージカル」と銘打つにふさわしくクラシカルながらもよく出来ていて、物語のもって行き方の緩急も素晴らしいドラマティックで骨太の「ミュージカル」作品だと感じました。

本当に原田先生のダンスシーンの作り方は素晴らしいし、ツーシー・バーや「閣下はカンペキ 李鴻章」などコーラスと動きでコミカルに作ったりと、視覚で魅せることを意識できるミュージカル演出家は日本にはなかなかいないと思うのです。

 

いや、原作読んだからこそ分かるんですよ。

結果、全ての欲を落とし、天使か神かの領域に入る春児を見たかった、とか、

妾腹の子どもであることにさまざまな思いを抱き、さらに最後、それでも自分は「井の中の蛙のおぼっちゃま」だったと気づく文秀までを描いてほしかった、とか

順桂と西太后、言い伝えと教えがしみ込んだゆえの悲劇とか

会津藩出身ゆえの岡くんの苦悩とか、情熱とか、

王逸、甲午の役(日清戦争)の後、「下野した」の一言で片づけられて全然出てこないのはなんでやねん!とかね、

ミセス・チャンにしても、もっと書いて、もっとこの辺、説明してとか、そういうのは本当いっぱいあるんです。

でも、でもね、多分それを一番思っているのは、脚本・演出を担当された原田先生ご自身だと思うんです。

プログラムに

私が初めてこの本を読んだのは、高校二年生の夏のことである。(中略)物語の中にある「人間の力をもってしても変えられぬ宿命など、あってたまるか」という言葉は、私の心に深く刻み込まれた。(中略)将来は演出家になりたいと思っていたものの、どうすればなれるものかと途方にくれていた私は、大学三年生の春、宝塚歌劇団演出部の採用試験があることを知った。(中略)この機会を逃してはならない―『蒼穹の昴』のあの言葉を思い出し、それに背中を押されるように私は人生の扉を開けた。

以来、浅田次郎作品の一ファンとして、わけても人生を変えた一冊と言える『蒼穹の昴』を舞台化するのは、私の密かな、大きな夢となった。(後略)

と記載するくらいこの作品のファンである方ですよ。

ウワサでは最初は5時間くらいの超大作だったみたいなことも聞きましたし、まあ普通にあの原作をがんばってまとめてもそうなるよな、とも思います。

それを泣きながら削りに削った結果が「これ」なんですよ、きっと。

(プログラムには断腸の思い、と書かれてましたしね)

中には李鴻章のソロ歌唱を削って、他のエピソードを一つでも追加してと思われた方(わたしがそうです笑)もいらっしゃるかもですが、そこはそれ、宝塚歌劇団のシステム上できぬ相談なわけですよ。

さらに劇中では登場人物の呼び方を中国語読みの人、日本語読みの人と混ざっているわけですが、それもプログラムの挨拶文にわざわざ注釈で「劇中人物の呼称については、浅田先生からのアドバイスをもとに分かりやすさを重視し、日本語読みと中国語読みを混在した形にしています」と書き添えてあるくらいなんですから、そこはもう受け入れましょうと。そもそも小説読んでるときにフリガナ打ってない部分の読み方を忘れちゃって適当に日本語音にしていたり、登場人物たちの愛称やらに翻弄されたのを思えば、舞台版は楊喜楨は「ようきてい」と受け入れてしまって楽しむ方がいいなと2回目を見て確信しました。

 

原作は春児主軸、文秀支え軸、西太后清王朝の歴史をメインに据えながらも、それぞれの人物もしっかり書き込まれている群像劇のような形になっています。

そこを文秀を主人公としたら、やはり科挙試験の部分を詳細に描かない限り、文秀の「動き的な見せ場」は後半戦にしかないわけです。そんな難しい主人公を主人公たらしめたこと、これが今回の彩風 咲奈のすごさだと思います。

上背があってすっきりと、でも田舎のおぼっちゃまぽい鷹揚さが立ち姿からにじみ出て、本当に魅力的な文秀でした。

特に一幕最後のこれから変化しようとする、変化せざるを得なくなった文秀の心を歌った主題歌「昴よ」の熱量に圧倒されました。

玲玲 の朝月 希和ちゃんは、こんな幼くて可愛い役もできるのか、と改めて感嘆!彼女の芸域の幅広さに、その表現の豊かさに唸ります。

原作では文秀は楊喜楨の娘と結婚していて、その娘もすごく魅力的な人物なのですが、ここは(文秀の妻としては)出さない方向での調整でよかったと思いました。

2人をつなぐ「不思議な糸」を明確に打ち出したのは、宝塚歌劇化において賢明な判断だと思います。

朝美絢さんはまるで彼女のために描かれたような役を本当に魅力的に演じていました。春児は本来主軸なだけに分かりやすくドラマティックな設定で、心を掴む存在ではあるのですが、その立場に甘んじることなく、その演技力で一層客席の心を掴んだように思います。

またソロ曲が珍しい3拍子で、曲の良さとともにその歌も光りました。

 

脇を固めた6人の専科さんたちは、皆さんそれぞれに存在感がありましたが、西太后の一樹 千尋さんが素晴らしい!

原作の西太后とはイメージが違うのですが、歌舞伎のような重々しいセリフ回しと声のトーンで旧体制の清王朝を象徴してくれました。

順桂の和希そらくんは、背景の説明の足らなさを演技と歌とでしっかりと表現していたし、こんな柔らかで上品な役もできるのかと思わせた光緒帝の縣くんもさすが。

他も一人一人、本当にいい演技をされていたのですが、その中でも譚嗣同の諏訪 さきちゃんが、純朴で可愛らしく、でもトップ娘役さんに負けることなく、しっかりと演じていたのに好感を持ちました。

 

クーデターという言葉が出ていたら、もっと二部は分かりやすかったかなあとか、いろいろ思うところはありますが、これだけ見応えのある、宝塚歌劇の全てを全力で注ぎ込んだ舞台を見られることはなかなかないので、原作ファンもそうでない方もぜひ一度、劇場で見ていただきたいなと思います。

そして、こんな素晴らしい作品を1人でも多くの方が見られるように、東京の千秋楽まで、1日も欠けることなく上演できることを心より祈っています。