こんなことを思ったり。ぼちぼちかんげき。

保護猫と同居人と暮らすアラフィフがビンボーと戦いながら、観劇したものなんかを感激しながら記録。

夢の爪痕@世界は笑う

9/4(日)17:00~ 京都劇場

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作・演出

ケラリーノ・サンドロヴィッチ

主な配役

秋野撫子 伊藤沙莉

大和錦 勝地涼

有谷是也 千葉雄大

青木単一(アオタン)温水洋一

斉藤/山屋トーキー ラサール石井

根岸/野本ケッパチ 神谷圭介

山吹トリコ 緒川たまき

米田彦造 瀬戸康史

鈴木初子 松雪泰子

マルさん マギー

多々見鰯 大倉孝二

服部ネジ子 犬山イヌコ

ママ 伊勢志摩

森南国 山内圭哉

蛇之目秀子 銀粉蝶

記者/バーテンダー 廣川三憲

 

相変わらず長い。しかも今回、体調もあって初めて1部で少し居眠りをしてしまうという不始末をやらかしてしまいました。

でも2部を見ると、1部のすべてがとても重要だったのではないかと思ったのです。

そんなわけで眠ってしまったところを確認すべく戯曲を購入しました。

改めて思うとこの表紙のままの世界が描かれていたような気がします。

(そしてこの戯曲のあとがきは読まれるべき文章で内容だと思います!戯曲読むのが苦手な方でも、エンターテインメントがお好きなら、モノクロですが舞台写真も掲載されていますし、あとがきだけでも買う価値あるかと)

 

時代は昭和32年秋からこの舞台ははじまります。

夜の新宿裏通り、言い争う兄妹、売人とそれを買う若者の魂の絶叫を経て、昼下がりの商店が並ぶ通りに道に迷った若者がやってくる。

街には傷痍軍人がいて、人々の会話の端々にも戦争の爪痕がまだ鮮やかに残っている。

そんな中で「三角座」という喜劇劇団をとりまく人間模様が描かれます。

 

「三角座」に所属する人たちはみんな「笑い」に憑りつかれている。

でも1部ではそれが未来や希望にも見えるのです。

テレビの世の中も確実にやってきていて、「笑い」も変化する。

喜劇劇団も古びていくかもしれない中でも、まだまだ「やろう」という意気込みが見える。

その中に外からやってきた彦造の初々しい恋心が混ざり合い、1部の終わりは本当に希望に満ちていたのです。

 

ところが2部で一転、見せつけられるのは「厳しい現実」でした。

笑いも人も一筋縄ではいかない。そして戦争の傷跡はまだまだ疼く。

過去は幻にはならず、でも現実は崩れ落ちていく何とも言えない哀しさ。

群像劇だからこそ見せられる厚みがそこにありました。

 

わたしはケラさまの作品を見始めてから日が浅いのですが、はじめて1部と2部の、がっつりとしたセットチェンジがある舞台を見ました。

1部と2部で場所が変わってセットが変わる、というのはある意味古めかしい手法で、でもだからこそ、この世界を、昭和30年代のはじめらしき日本を伝えていたし、見たことはないけれど、当時の喜劇芝居はこんな感じだったのかもしれないなと感じました。

 

群像劇だから主役はいない。

けれど「三角座」の座員たちをナイロンのメンバーや、よくケラさまの作品に出演されているベテラン役者を持ってくることで、劇団の一体感が出ていたのがさすがです。

だからこそ、新人の有谷是也がちょっと浮きだっていて「異質」に見せたような気がします。そして間接的に劇団に関わる彦造の透明感も際立っていました。

是也の異物感と彦造の透明感。「三角座」という老舗の喜劇劇団に投げ込まれたこの2つの石は、一つは現実で一つは未来だったのかもしれないなと今思います。

 

千葉雄大さんは異物感をよく演じていました。

でも瀬戸康史さんの透明感は、もうご本人が役者としてもったギフトでしょう。

テレビで見ているときは似ているなと思っていたお二人で、それぞれに別々のミュージカル作品で拝見したことがあるのですが、こうやって兄弟役で並んでみると、ものすごく違う!

もちろん役のせいではあるでしょうが、千葉雄大さんはとても男っぽいのに対して、瀬戸康史さんは赤ちゃんのようなあどけなさがある。それなのに、特に1部での三角座のセットで軽々と舞台を何度も乗り降りしていて、その身体能力の高さに驚きました。

そんな浮きだった二人の中で、三角座に溶け込んでいた勝地涼さんと、なじんでいた伊藤沙莉さんもさすがです。

そして完璧に「地味で清楚な中年女性」を見せた松雪泰子さんも素晴らしかった。

波乱万丈ある中で、笑いに憑りつかれようとも飲み込まれることなく、うまく狂って取り込んで生きていく緒川たまきさん演じる山吹トリコの鮮やかさも眩しく、過去は懐かしむだけの服部ネジ子演じる犬山イヌコさんの明るさと強さも魅力でした。

全てのキャストが完璧に自分の役割を果たしていて、だからこの笑いを主軸にした「それぞれの人生」の多重奏が響いてきたのです。とりわけ個人的には廣川三憲さんのバーテンダーの佇まいが好きでした。戦争の傷と三角関係のもつれと老いていく人生が目の前で繰り広げられる中で、そこにいて静かに見つめているあり方は、バーテンダーという職業のイメージにぴったりでした。そして、もしこの作品を何度も見ることができるなら、最終的にはそういう風に登場人物たちを見守りたりなと思ったのです。

 

崩れ落ちた現実から1年2ヶ月経ったエピローグ。

セットから違う姿でひょこっと現れた瀬戸康史さんの抜けるような美しさには、正直本当にドキッとしました。

そして彼だからこそ、折り重なった幾多の人生の明るいところを照らし、この先へのかすかな希望の光を見せることができたような気がしています。

1部から2部への現実を見せられた観客としては、もうその光が本当に希望なのかは分からない、それでもつながる何かだと信じたい、そう願う物語でした。