こんなことを思ったり。ぼちぼちかんげき。

保護猫と同居人と暮らすアラフィフがビンボーと戦いながら、観劇したものなんかを感激しながら記録。

心を打つ市井の人の物語@宝塚月組「川霧の橋」「Dream Chaser」

10/23(土)16:00 博多座

スタッフ

原作/山本 周五郎
脚本/柴田 侑宏 
演出/小柳 奈穂子

キャスト

幸次郎    月城 かなと
お光    海乃 美月
扇寿恵    京 三紗
お常    梨花 ますみ
源六    光月 るう
お蝶    夏月 都
半次    鳳月 杏
小りん    晴音 アキ
清吉    暁 千星
お甲    麗 泉里
お組    天紫 珠李
およし    結愛 かれん

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1990年の初演は、わたしにとって初月組生観劇で、初めて見たトップコンビのサヨナラ公演でした。
華やかな衣装もない、江戸時代の市井の人のお話しを観客が楽しんでくれるのか不安だったと当時主演された剣幸さんが語っておられましたが、当時14歳だったわたしは、地味だとかは全く感じず、ラストシーンにキュンとした記憶が残っています。
ただ人々の機微を感じ取るにはまだ若く、当時一緒に見た母が「いいお話だったねえ」というのを、後に映像で見て改めて思ったものでした。
そんな「川霧の橋」は山本周五郎の「柳橋物語」「ひとでなし」が原作です。

図書カード:ひとでなし



大工の棟梁・杉田屋では子どもに恵まれなかったこともあり、腕利きの弟子の中から幸次郎を後継ぎに決め、同じく腕利きだった半次と清吉を幸次郎の後見人とすることにした。
しかしそのことを快く思わなかった清吉は、杉田屋を去り上方で稼いで自分の棟梁株を買うことを考える。そしてお光に好きだと告げ、3年で帰るから待っていてくれと乞う。驚きながらも承知するお光。そして幸次郎もお光のことを好きだから気を付けるようにと伝えて、清吉は江戸を去っていった。
後日、杉田屋からお光を幸次郎の嫁にほしいという申し入れがあるが、お光の祖父・源六は断ってしまう。そこには何気ないが源六にとってはとても受け入れがたい杉田屋のおかみ・お蝶の昔の言葉があった。
源六の断りだけでは納得できない幸次郎はお光に詰め寄るが、清吉と約束したお光は受け入れられないことを幸次郎に伝え、距離を置くことを求める。
そんな中江戸の町に大火事が起こり、いろんな人々の人生を変えてしまう。


作中では江戸のどの時代というのは語られないのですが、原作の1つ「柳橋物語」では徳川綱吉の御代・元禄時代であることが示されています。
作品の大枠は「柳橋物語」で、火事の後の物語に「ろくでなし」が差し込まれ、合体しているイメージです。
柳橋物語」の中では、赤穂浪士討ち入り事件の後で、小田原から房洲(千葉)にかけて地震津波が起こった後の大火事、として描かれ、その約1年半後には空梅雨のちの豪雨被害も描かれます。


なので、現実にあった元禄16年(1703年)の元禄地震・火事、宝永元年(1704年)前後の浅間山噴火・諸国の洪水の辺りの時代かな、と思うのですが、まあそんなことはあまり考えなくても大丈夫です。
だた初演を見たときは災害はありがたくも当時のわたしに身近なものではなかったのに、この30年の間にずいぶんと災害に対する感覚というのは変わってきたなと再演を見て思いました。
芝居の中で大火事に対する市民の心構えなんかもミュージカルナンバーとして歌い上げられるのですが、これがとても身近なこととして響くのです。
そういう意味でも今、この作品を再演することはとても意味があったように思いました。

 

脚本の柴田先生がお亡くなりになられているので、演出は小柳先生になっていますが、演出やセットの違いはあまり感じませんでした。この辺りは実家に初演映像を残しているので、再度見直して検討したいと思います。

 

大火事からのモノローグが入り、和太鼓、祭りの日の楽しさをプロローグに据えているのがまず改めていいです。
たしかに豪華な衣装はないかもしれない。けれども身近にそこにあって心ワクワクする始まり方は、やはりこの物語に親しみを覚えます。
だからヒロインのお光ちゃんの気持ちがよく分かる。
15歳やそこらで、幼なじみの男性から「好きだ」と告げられて舞い上がっちゃうのも、自分も好きなんだと思い込むのもとても分かるのです。
そして幸次郎が言うに言えないシャイな気質なのも、とてもよく分かります。
もちろん清吉の悔しさも理解できる。
だから切ないのです。

 

でもそう思わせるのは、お光が最初はちゃんと少女で、それから大変な経験をして成長していく姿をきっちりと演じられることが必須だと思います。
それを海乃美月ちゃんは見事に演じていました。
元々この役は高い演技力がないとできないと感じていたのですが、海乃美月ちゃんがやると決まり、初博多座への遠征を決めました。
少女の頃の純粋であどけない演技から、火事のあとの呆けたようになる姿、世を知りあきらめたような、疲れたような演技、それでも周りの人に助けられ、友人を介抱し、懸命に生きていく姿を細やかに、でもしっかりと3階席でオペラグラスなしでも感じられる海乃美月ちゃんの演技が本当に素晴らしかったです。
光ちゃんがリアルに舞台にいてくれるから、この物語が息づきます。

 

月城さんは「ちょっと不良なところもあって、喧嘩っ早い」感じが全くないのは残念でしたが(そこも幸次郎の魅力だと思うのです)、この辺りは演技というより本人の持ち味違いなので仕方ないかなと思います。
というかトップ男役にあわせた演目が選ばれがちな中、トップ娘役にあわせてこれが再演に選ばれた感じを受けるのが個人的にはいいなと思いました。
でも冒頭の和太鼓もしっかり練習されてて魅せましたし、幸次郎の不器用な優しさが物語を包み込んでいて、とてもよかったです。

 

光ちゃんが初演に全く劣らないで魅せた、幸次郎は初演は若干アテ書きっぽい役を健闘した中で、初演より格段に勝っていたのが半次の鳳月杏さんでした。
というか、半さんという役がこういう役だったということを今回はじめて知りました。

半次は「ろくでなし」の方に登場する片割れを担う役割として描かれた役だと思うのですが、役としては完全なオリジナルキャラクターなんですよね。
で、冒頭で狂言回し的なモノローグがあることもあって、物語から一歩下がって全体を見ている人、というのが初演のイメージでした。
しかし今回、鳳月さんの半次はしっかり物語の中にも存在しているのです。
まずそのバランスが素晴らしい。

そして、物語の中で生きる半次さんが切なくて愛おしいのです。
礼儀正しく人当たりの良さそうな半さんが、シャイでぶっきらぼうな幸さんの「後見」という設定がめちゃくちゃ活きています。清吉と違って半さんは後継ぎに選ばれなかったことには特に遺恨はなく、自分のキャパシティと実力を自覚して、幸さんを支えて世話になった杉田屋を盛り立てつつ、自分の身丈に合う目標を持つというような堅実な人柄が見えるのです。
でも一方で相模屋のお嬢さん・お組ちゃんに身分違いの片思いをしている。
身分違いであることは誰よりも半さんが分かっていて、だから程よい距離感をきちんと保ちながらも、少しでも顔を見たい、少しでも話したいという気持ちが見え隠れするのが心ときめくのです。
火事で一番人生が変わるのがお組ちゃんなんですが、変わっても半さんにとってはいつまでも「相模屋のお嬢さん」で、お組ちゃんも心はずっと「相模屋のお嬢さん」で半さんは自然に恋愛対象にはならないのも切ない。
ちょっとお組ちゃんの見せ場シーンの演技(セリフ回し)がいまいちで、その場では天紫珠李さんを辛口評価をしてしまったのですが、「心はずっとお嬢様」というところを疑いなく見せられたのは素晴らしいことだなと改めて思います。
そして半さん最後のセリフの凄みが強く心に響くからこそ、あのラストシーンがより際立つのだなあと、もう本当鳳月さんに完敗でした。切れ長の目が和物化粧によく似合っていたのもステキでした。
初演では気付かなかった魅力が見える、という再演の醍醐味を鳳月さんが魅せてくださり、大満足。

この物語には芸者の小りん、夜鷹のお甲と初演のときからすごく魅力的に感じていたキャラクターが登場するのですが、この2人を演じられた晴音アキさん、麗泉里さんもとてもがんばっておられたと思います。
しかしながらこれは初演時の方が日本物に慣れている、という点でやはり初演を超えることはできず、もう少し生徒さんたちに時間の余裕があって、日本物の所作とかをきちんと学べる機会があるといいなあと改めて思いました。
宝塚歌劇の日本物には、こういう庶民の物語でも独特の美しさがあると思います。
また日本の劇団として、日本物がきちんとできるというのは強みでもあると思うのです。
なので、このような良作を通じて、宝塚歌劇の日本物がなくならないで続いていかれることを切に願っています。

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さてショー「Dream Chaser」ですが、わたしは配信で見たのみだったので、その時は若干地味で退屈だなと感じていました。
でも生で見るとすごく楽しかったです!
改めて配信とライブの差を感じました。ライブ感に勝るものはないですね。
お芝居の方ではまずまずかな、だった暁さんもショーでは大活躍(清吉って結構難しい役なんですよね。初演の天海祐希さんも研4という若さもあってまだまだでしたし、次回また再演されることがあれば、今度はトップスターと張り合える方に一度清吉を演じてもらいたいです)。とにかく踊れる、というのが強いです。
何よりここでも海乃美月ちゃんがいい!
特にデュエットダンスはドレスの長い裾をめいっぱい魅せる踊りに感動。
ディズニープリンセスのアニメーションのように動く美しいドレス裾捌きもやはり娘役芸の見せどころで、そして夢みたい…と思わせてくれる宝塚歌劇の非日常感はこういうところで感じられるものなのかもしれないと思いました。

 

ということで、残念ながらわたしは見られないのですが、気になっていたけれど博多座まで行けなかったよ、という方はぜひ配信をご覧になってほしいなと思います。

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ところでこの日、偶然にも初演の剣幸さん、こだま愛さんが観劇されていて、久しぶりに3階席から、客席をオペラグラスで除くという行動を取りました。お2人のお姿に感涙。

しかしなぜ、初演のプログラムを捨ててしまった、わたし!

初演のプログラムには脚本がついていたのですが、今、あれを読みたいです。