こんなことを思ったり。ぼちぼちかんげき。

保護猫と同居人と暮らすアラフィフがビンボーと戦いながら、観劇したものなんかを感激しながら記録。

過去への旅も慣れと刷新が大事@宝塚雪組「ヴェネチアの紋章」「ル・ポァゾン愛の媚薬 -Again-」

6/12(土)16:30 愛知県芸術劇場大ホール

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ヴェネチアの紋章
原作/塩野 七生『小説イタリア・ルネサンス1 ヴェネツィア』(新潮文庫刊)
脚本/柴田 侑宏
演出/謝 珠栄

キャスト
アルヴィーゼ・グリッティ 彩風 咲奈
リヴィア 朝月 希和
プリウリ 奏乃 はると
メリーナ/青い影 沙月 愛奈
元首 アンドレア・グリッティ 真那 春人
ロクサーナ 杏野 このみ
イブラヒム 橘 幸
ゼン 叶 ゆうり
マルコ・ダンドロ 綾 凰華
ヴィットリオ 諏訪 さき
レミーネ 希良々 うみ
ジョヴァンニ 眞ノ宮 るい
スルタン 汐聖 風美
エンリコ 彩海 せら
カシム 一禾 あお
オリンピア 夢白 あや
ヴェロニカ 莉奈 くるみ

1.物語と感想

昨年、上演された彩風咲奈主演「炎のボレロ」も同じ柴田作品で、恐らくどちらも柴田作品の中では「名作」と呼ばれるものではなかった種類の作品になると思います。
昨年の「炎のボレロ」は初演に間に合っておらず、映像だけ見てずっと憧れていた作品だったので、どうかしても見たい!と思ったのですが、この「ヴェネチアの紋章」は、もし初演主演の大浦みずきさんが今も生きていらしたら、見に行ったかどうかは微妙かな、という程度には、そんなに好んではいない作品だったのです。
ただ現実には大浦みずきさんは亡くなられ、わたしは今でもその面影をどこかにもとめているのかもしれません。

原作はこちら。

 宝塚歌劇版の「ヴェネチアの紋章」はこんなお話しです。
ヴェネチアきっての名門貴族・ダンドロ家のマルコが30歳で元老院に入り政治家になったばかりの頃、前職(警察署長的な職務)で関わりのあった刑事が「聖マルコ広場」で殺されたことを気にかけて、近くを歩いていると男に呼び止められる。
彼はヴェネチア共和国元首の息子アルヴィーゼ・グリッティ。マルコの大学時代の同級生で親友だった男だった。
アルヴィーセは姪の結婚式に参加するため、コンスタンティノープルからヴェネチアに戻ってきたという。
元首の息子といえど妾腹であるアルヴィーゼは当時のヴェネチアの法律で貴族の称号は与えられず、一市井の人であった。
しかしながら才と野心を持っていたアルヴィーセはコンスタンティノープルで商人として財をなし、トルコ国王の信任も得ていた。
姪・ラウドミアの結婚式で名門貴族(コルネール家)出身で権力も持つ貴族プリウリ家に嫁いだリヴィアを「モレッカ」というダンスに誘うアルヴィーゼ。
2人は昔からの恋仲だったが身分違いで結ばれず、しかし今もその愛を育んでいたのだった。
リヴィアを妻に迎えるにふさわしい身分を得ようと奔走し政治の裏側で暗躍するアルヴィーゼ。そしてとうとうその夢がかなう一歩手前まできて、リヴィアをコンスタンティノープルへ呼び寄せるが・・・。

惚れた女性のために一生をかける、という点ではちょうど30年前、この作品の次に上演された「華麗なるギャツビー」もテーマとしては同じなのです。
しかしギャツビーの「ロマン」は理解できても、アルヴィーゼの「ロマン」が理解できないのは、相手であるリヴィアがアルヴィーゼの身分など気にしていないからなのです。
私生児でさえなければ与えられていたかもしれないアルヴィーゼが「紋章」と呼ぶものを、愛する女性がいらないと言っているのにどうしてもそれがなくてはならない、というアルヴィーゼの執着が、分からないでもないけれど、見ていると「何をそんなにこだわってるんだ」と昔から思えて仕方なかったのです。
だから「元首の私生児としての辛い過去」をどこか一曲でいいから歌に混ぜて表現する部分があればもうちょっとアルヴィーゼに気持ちを乗せられるのになあと思います。

そして今回再演するにあたって、音楽・演出・振付けは全て変更し、脚本も少し触ってあるのならば、まず足すべきは「アルヴィーゼの私生児としての人生の痛み」、そして「リヴィアとの若き日の恋と別れ」であって、原作にあって初演になかった2人の恋の忘れ形見ではないと思うのです。
(そう思うと「華麗なるギャツビー」のすごいところは、この2つをちゃんとプレイバックと主題歌で表現していることですね。しかもそのプレイバックから現在に戻るところのシーンが本当に格好いい演出だったんだよなあ)
そして2人の恋の忘れ形見の件はカットした柴田先生の選択の方が正しいと思います。リヴィアが自分のことだけを優先する人間に見えてしまう可能性を生み出したのはマイナスだったと思いました。

ただ音楽・演出の変更は昔の作品の再演には有効だとは感じました。
というのも「炎のボレロ」の時には、わたしでさえ「スローだな」と感じましたし、実際新しいファンの方の「昔の作品って感じで面白くなかった」というような感想も多数見かけました。
しかし今回は全体にスピーディーで、ちょっと当時の世界情勢が分かりにくいけれど、退屈する、ということはあまりなかったのではないでしょうか。
ただスピード感は大事だとはいえ、そこは緩急というものがあって、とりわけ「モレッカ」本番の大幅振付け変更と、「モレッカ」リプライズが歌に変更になっていたことが衝撃でした。
今回の「モレッカ」はペアダンスではなく、フォーメーションの群舞のようになっていたのです。
子どもの頃「モレッカ」を踊るアルヴィーゼとリヴィアからものすごい緊迫した空気を感じ、「この2人の間には誰も入れないのだ」と感じたのですが、それが今回はなかった。ただ2人が楽しそうに相手と、そしてみんなと踊っていて、それはこの物語のテーマからずれてしまっているような気がしました。だって高貴なリヴィアに相応しい身分と場所で一緒に「モレッカ」を踊ることがアルヴィーゼの究極の夢で、それを主軸に描かれた物語なのですから。

そして最後の四面楚歌なハンガリア戦線前夜、古城でリヴィアを思いながら再び「モレッカ」を踊るアルヴィーゼ、幻影のリヴィアのシーンは美しくも哀しく、夢が潰える、燃え尽きるとはこういうことなのだな、と子ども心に思ったものです。
ダンスだけで、言葉で語られないからこそ、伝わる、魅せられるものがあるはずです。
そして演出の謝先生はダンサー出身なのだから、ダンスの魅力をご存知だと思っていましたし、現に「眩耀の谷」の瞳花の踊りではそれをちゃんと表現できていたのに、どうして今回はこのようなことになってしまったのでしょうか。
魅せるべきペアダンスシーンはこの2回の「モレッカ」であって、天国のデュエットダンスではないのです。
物語の中に「意味のある踊り」があることは、この作品の一番の魅力であったのに、そこをそぎ取られてしまった気がしてしまいました。

 

2.キャストの感想

一方で出演者は大健闘でした。
「炎のボレロ」のときには完全に日向薫の再来か!まで思わせた彩風咲奈が、今度は大浦みずきの面影がある、と思わせるのがすごい。
そしてとりあえずリヴィアが大好きで、なんかよく分からない「紋章」を求めて暴走しちゃうアルヴィーゼを魅力的に演じていたと思います。
さらに朝月さんのリヴィアがいい、素晴らしい!
リヴィアの見せ場でもあるはずの「モレッカ」があんなことになって(しかもドレスもあんまりいけてなくて涙。当時アルヴィーゼが赤、リヴィアが青の衣装でその対比が非常に美しく、かつ青いドレスが普段もの静かなで冷たくすら感じさせるというリヴィアとそんな彼女が今、青い炎のように燃え上がる様も想像させてよかったのに、なんか白っぽいしかもリボンとかあしらわれた子どもっぽい感じのデザインで残念でした)、リヴィアの感情を表現できるシーンが少ない中、アルヴィーゼからの合図の指輪を受け取ったときの演技が、本当に喜びが全身に満ちてあふれ出して耐えきれないさまが素晴らしかったです。
マルコの「聞いていますか?」というセリフがあんなにナチュラルに聞こえたのは偏に朝月さんのこの演技のおかげですし、リヴィアが本当にアルヴィーゼを愛して今まで耐えてきたのを感じさせてくれました。
マルコの綾凰華さんは狂言回しでセリフがとても多い難役をがんばって演じられていました。華やかで優し気な容貌がアルヴィーゼとは正反対に輝かしい道が与えられ、それを迷いなく歩いている様を引き立てていたと思います。
ただ仕方ないのですが、説明セリフが多いので、それとマルコとしてのセリフの演じ分けと滑舌は役としては足りない部分がありました。けれどこの役を経て、綾凰華さんのスキルが向上していくことを今後期待しています。


ところで、この物語はかつて「聖マルコ殺人事件」というタイトルで発行されました。 

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その事件の重要人物でもある「リアルト橋のオリンピア」が実はこれまた難しい役で、それを演じるには夢白さんはまだ若すぎるなと思いました。
手練れの女性を精一杯表現しようとがんばっている、のが見えてしまったのが残念。(まあおかげで「結婚は諦めているけれど、貴族の舞踏会に憧れる」的なオリンピアのセリフは、初演の香坂千晶さんより自然に聞こえたのですが、このセリフ自体がオリンピアのような自分の足できちんと立っている人間に今言わせるのはナンセンスだと思うので、これはカットしてよかったのに。)

ただ金髪の鬘と美しいドレスを身にまとった彼女は輝くばかりに美しくて、美しいということが遠目で一目でもわかったのは素晴らしい武器ですので、今後その美しさをより引き立てるような役に出会えるといいなと思います。
カシム&ヴェロニカもがんばっていて、初演より重厚に暗く演出されたこの作品の中で清涼剤のようでした。だからこそ初演にあったヴェロニカの最後のセリフがなかったのは残念だったかな。ここをカットするなら、祭りの日(初演ではラストシーンは「ヴェネチアの海の祭り」の日で元首が民衆の前で「海よ、我々はお前と結婚する」と宣言するという説明があったのです)自体がなくなったのだから、意味が通らなくなるラウドミアの方のセリフ「おじいさまは元気がなくて。いつもの張りのあるお声が風にちぎれちぎれに聞こえるようで」をカットすればよかったのに、と思います。


そう思うと、リメイクにあたって全体をもっときちんと整理してほしかったなと。
ただ過去の名作はリメイクして上演する、という試みはこれからもぜひしてほしいと思います。時代は変わるし、速度も変わる。古き良き部分を残しつつ、今の時代ならではの編集・演出ができるようになれば、それは素晴らしいことなのではないかと思うのです。

セットは全国ツアー公演にしてはよく出来ていて、とりわけマルコ邸に私用のゴンドラが行き来している様子は原作にも忠実で作品の世界観を高めていました。

衣装も30年前と比べたらかなり生地の質感で見劣りするもの、ちゃんと十分豪華でキレイでした。

そうそう、初演よりよかったのはコンスタンティノープルの踊り子たち。
素肌っぽく見せるための肌色の布がどうしてもダサく感じる人間なので、生腹の衣装、最高でした。

 

3.原作再読のちの感想

と書いていたのですが、初演当時購入した原作を読み返して改めて思ったことを追記します。

あ、モレッカに関しては上記記載のとおりで、初演のままの振り付けでなくてもいいから、少なくとも原作にこう描かれていた「ペアダンス」であってほしかったという思いを強くしております。

踊る二人の眼は、解けそうもないほどにかたく結ばれ、この二人の他には、誰も存在しないかのようだった。

初演の「モレッカ」はまさしくこの文章どおりの空気感を感じました。

そしてそれは今回も最も大切にされるべきところであったと思います。

ただ「二人の出会い」や「アルヴィーゼの私生児としての痛み」は原作にもはっきりとは描かれていません。また柴田先生が当時の生徒のためにたくさんの役を書き足していることを理解しました。そしてこの物語が「愛してはいけない相手を愛したがゆえに道をたがえた男3人」を描いていることを知りました。

(個人的にはアルヴィーゼ&リヴィアを主軸に、マルコ&オリンピアと、当時役不足に思えた真矢みきさんをスレイマンにして、スレイマン&ロッサーナも描いてくれていたら、アルヴィーゼとスレイマンの恋ゆえの愚かさ、みたいなものがもうちょっと際立ったような気がします。)

だけれども、そこまでは書き変えられないし、そこを丁寧に描いては約100分におさまらない。

もし足せるとすれば、ヴェネチアからハンガリアに援軍を送れない、送らないと決めるCDXと元首とのやりとりに下記の原作にあったセリフがあればいいなと思いました。

アルヴィーゼ殿は、もともと、生まれてくるべき人ではなかったのではないですか。

舞台の中ではアルヴィーゼや同じ私生児仲間のセリフや歌詞でしか、「私生児」として差別されている、というようなシーンやセリフがないのが、アルヴィーゼに同情しにくい原因だと思うのです。CDX側のこのセリフがあれば、アルヴィーゼのやるせなさはもうちょっと伝わりやすくなったかなと感じます。

ところで二人の忘れ形見に関するマルコの衝撃発言、これはしっかり原作にありました。しかしながら色々な段階とリヴィアの緻密な言葉による遺言があって、聖マルコ殺人事件の真相を経ての言葉なので、

とやっぱり思います。

何よりこのお話しから10年後のマルコとオリンピアを描いた

 この小説の中にこのような記述が出てきたのです。

わたしが、死んだ実の父や母に代わって、貴族の娘にふさわしい持参金を用意してやればいいのだ。(中略)ヴェネチアには、名門貴族はダンドロ家に限らない。(中略)あの娘には、あの子にふさわしい年頃の若い貴族でも探すとしよう。アルヴィーゼもリヴィアも、そのほうが喜んでくれるような気がする。

ので、結論としては、

原作小説もカーニバルという祭りの日で終わっているので、もはや脚本には触らず、演出だけ変えるのがよかったのでは。

初演のラストシーンは、サヨナラ公演仕様ではあったけれど、わたし個人は「アルヴィーゼとリヴィアも出会った頃はこんな幸せな恋人同士ではなかったのだろうか。そう思うと切ない」と思ったので、そこも残してほしいとも思います。しかし蛇足だと感じられる方や「天国のデュエットダンス」にカタルシスを抱く方が多いのであれば、脚本のカットはその部分のみで、今回の演出での上演でいいと思いました。

 

4.ル・ポァゾン感想


ル・ポァゾン 愛の媚薬 -Again-
作・演出/岡田 敬二 

 

ところで「ヴェネチアの紋章」は音楽もまるっと変更になっていたので、もっと脳内バグが起こるかなと思っていたら、意外とそんなこともなく、普通に聞いていました。
だから、まあ全曲変更はありじゃない?と思ったあとの「ル・ポァゾン」の破壊力がすごかったです(笑)
いやあ慣れ親しんだ音楽、口ずさめちゃう音楽って楽しい(笑)
そしてまた彩風咲奈が古いロマンチック・レビューが似合う!

「ル・ボァゾン」の方は、ほぼ星組で再演されたままで、その時と同じく「ナルシス・ノアール」から「月とパリス」と「アンダルシアの孤独」が織り込まれています。

おかげで衣装ショックには慣れました。

 

stok0101.hatenablog.com

 

そんなわけで白鳥の王子からスーツのアダム、そしてマタドールまでどれも似合っちゃう彩風咲奈がすごい!
(初演では白鳥の王子は二番手だった紫苑ゆうさんが演じられ、トップだった日向薫さんの場面ではなかったですし、星組再演の柚希礼音さんはバレエテクニックは素晴らしかったですが、白鳥の王子が完全にニンではない感がすごかったので。ただ「アンダルシアの孤独」は柚希×凰稀派です。そして最後の振付けはやっぱり初演版には戻らないのは残念でした)
そして朝月希和さんもニンフの乙女からイブのセクシーな女、喪服の悲しみの美女まで似合っちゃうのもすごい!

そんな2人が2人のための新曲デュエットダンス「アマポーラ」を披露したとき、その幸福感と夢のような光景になんだか涙してしまったのです。

ぜひともまたこの2人で、もちろん別箱でいいから過去のいいショーやレビューの再演を見たいと思いました。

ショーの方で特に印象に残ったのが諏訪さきさん。パラダイスの歌手の歌声が美しく、耳も目も惹きました。後半のリズムのある歌の方はリズムの遅れが気になったので、ぜひそこを補強して、もっともっと新生雪組の魅力的な戦力となってくださることを心から期待しています。