こんなことを思ったり。ぼちぼちかんげき。

アラフィフ負け犬がビンボーと戦いながら、観劇したものなんかを感激しながら記録。

NINE

デビット・ルボー演出のミュージカル「NINE the musical」は実に抽象的で難解で芸術的な作品だった。
http://www.tpt.co.jp/aboutus/archive/nine.html
きっと、原作だというフェリーニの映画も難解なアートムービーなんだろうな、と思ったものだった。

歌もダンスもある、けれど、最早ミュージカル、というよりフィジカル・シアターそのもの。
見ながら、何が起こっているのか分からなかったにも関わらず、理解を超えて、そこに表現されているものが、直接私の脳に届いてくるような舞台だった。
多分、毎日見たら、毎日違うことを思い、ある日ふと、一つの思考にまとまるんじゃないだろうか、ということを感じた作品で、その日がやってくるまで、ずっと見続けたいと思った作品でもあった。

何より、全く「色」というものを取り払ったヴィジュアル構成力。
硬質の美しさ。
その中に流れる「赤い砂」の奇妙なグロテスクさ。

色んな意味で、初めてみた「デビット・ルボー」という演出家の作り上げる芸術に圧倒されたのだった。

さて、そんなミュージカルをボブ・マーシャルがミュージカル映画にする、と聞いたときは、驚いた。
CHICAGOほど、メジャーなショーアップされた作品じゃない今作。
豪華キャストもそんなコアなミュージカルを映画にするんだから、そのくらい散りばめとかないと客、入らないよなあ、と色んな意味で納得。
しかも、そのキャスティングがかなりイメージに近かったので、楽しみだった。

で、昨日、ようやく見てみたら、なんと、

一大アミューズメント的エンターテインメント

になってた。唖然。
いやあもう、あのデビット・ルボーの舞台からこうなっちゃうか、という衝撃。そして、逆にそのあまりの違いが面白くてしょうがなかった。

サラギーナの「Be Italian」のシーンなんて、ボブ・マーシャルお得意の見事な迫力あるダンスショーシーンになっちゃってて、びっくり。
それになんと言っても、あれほど難解だと思った作品が、めっちゃ分かりやすくなってる不思議。
グイドが、各方面から追い詰められていく様を現実映像として見せるので、まあ、舞台だってもちろんそういう話なんだけど、新作の脚本が一行も書けなくて苦しむ映画監督が、その状況をなんとかしたいと、逃避したり、妄想に逃げたり、神や医者にすがってみたり、女に逃げたり、してるただそれだけの話、になっちゃってるのだ。
それをあの手この手で歌とダンスで盛り上げている、というか。
そ、そうだよね、あのメタファー的なものを取り払ったら、出てくる筋はこんな単純なことだったんだね、と改めて気づかされるというか。

色んな意味で、ボブ・マーシャルもすごいっす、はい。

なんか、NINEでこんな感想書くとは思わなかったんだけどw
お気楽に楽しめる一本になってます、はい^^;

そうそう、今回イタリアが舞台ってことで、イタリアでイタリア人が英語で会話してるっていうこと自体が欺瞞なのに、なぜわざわざその英語を「イタリア語訛り」にするんだろう、という疑問が^^;
でも、アメリカ英語よりずっと聞き取りやすかったので、私的には楽しかった(笑)
あと、いつものスペイン語訛りよりもよりわざとイタリア語訛りを強調した英語を話すペネロペ・クルスがとにかく可愛いキュン(笑)
ティーナの魅力を強調する強いアイメイクを施した顔もそれはそれで好きだけど、ワンシーンすっぴんぽいところがあって、そこが「オール・アバウト・マイマザー」で可憐なシスターを演じてた頃みたいで、もう特に可愛くて、可愛くて
ペネロペ、堪能させて頂きました
女優陣はみんな本当に良かったけれど、個人的にはマリオン・コティアールが良かったな。というか、舞台でこの役を演じた方がどうも私のイメージとは合わなくて、だから余計、彼女のルイザがとてもしっくりきたせいだろうな、これは。

まあ、そんなこんなで、こうなったら、原作フェリーニの映画を見てみたいぜとも思ったし、もう一度、デビット・ルボーの「NINE」も見たいと思ったのだけど、映画でも例のリリーのショーシーンで実はボロ泣きで。すっごい楽しいシーンなので、完全に怪しい人と化してたけど、羽扇、ダルマの衣装、煌びやかなステージ、そして、その中央にいるリリー、の姿は、やっぱりナツメさんのリリアン・ラ・フルール役のその姿と私の記憶の中のトップスター大浦みずきが直結しちゃって、ダメだった。

だから、10年後くらいに、DVDでこの映画版と、舞台版を見比べられる日が来たらいいなあと思う。