こんなことを思ったり。ぼちぼちかんげき。

保護猫と同居人と暮らすアラフィフがビンボーと戦いながら、観劇したものなんかを感激しながら記録。

悪夢か、美しい幻想か@ケムリ研究室「眠くなっちゃった」

10/26(土) 17:30〜 @兵庫県立芸術文化センター 中ホール

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作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ

出演及び配役

ノーラ 緒川たまき

リュリュ 北村有起哉

ヨルコ他 音尾琢真

ナスカ他 奈緒

シグネ他 水野美紀

バンカーベック近藤公園

ブービー/モデスタ他 松永玲子

ダグ/ナイフ投げ師他 福田転球

アルマ他 平田敦子

アーチー他 永田崇人

サーカスの道化師他 小野寺修二

シグネの夫他 斉藤悠

サーカスの道化師/修道女 藤田桃子

ロミー他 依田朋子

ゴーガ他 山内圭哉

ナンダ/マグースト(門番)他 野間口徹

ウルスラ他 犬山イヌコ

ボルトーヴォリ他 篠井英介

チモニー他 木野花

声の出演:高野志穂 武谷公族 小松利昌 日暮誠志

 

事前に「レトロなSF的作品」という情報は入れていたのですが、実際見てみると、確かにSF的かもしれないけれども、わたしが見るようになってからのケラさま作品はほとんどが「国も時代も特定されないどこか」ということが多かったので、今回の作品も特別に「SF感」ということを感じることはありませんでした。

まあ確かに「目に見えない支配者」と管理された「荒廃した社会」はSF的なのかもしれない。でもそれは今わたしたちがいる現実のようでもあって、その部分では少し背筋が凍るようなところもありました。

 

物語は赤ん坊を抱いた母親が、「管理局」の門番に「赤ん坊にミルクを」と訴えるところから始まります。

びっくりするくらい、よくあるシチュエーションからはじまった物語は、混乱するくらいさまざまな要素と絡み合っていきます。

だから多分、観客ごとに受け取るものや印象に残っている部分が違うだろうなと、たいていの演劇はそうですが、それをより感じる作品でもありました。

わたしの場合は、いつも通りすばらしいプロジェクションマッピングのオープニングが終わった後、緒川たまきさん演じるノーラが「キャバレー」のサリー

のような衣装でそこに立っていたところから、受け取るものがそちらになったような気がします。

まずここの緒川たまきさんが本当に色っぽく美しかった。美しく哀しみを湛えていた。

彼女の苦悩の1つがここで示されて、それが悪夢になって現実とつながっていく過程で、彼女の常識から少しずれたような純粋さ、真っ直ぐさがある性格に魅せられます。

ノーラをはじめ、彼女たちが生きる現実は厳しいけれども、その中で恋なども描かれ、どんな状況であれ人の心は変わらないのだなあと思ったりしました。

ある時から「記憶が消えてしまう」という現象が発生するのですが、いびつに依存しあった母と息子の、息子から「母の記憶」が消されてしまったとき、母親はもう生きていけなくなってしまう。そしてノーラの元夫とのシーンでやり取りされるように「忘れること」は大切かもしれない、と提示されます。でも忘れた方の息子も「親子の絆」という鎖から解放されながらも、良くなっているようには見えない。人の心の弱さというのを見ながら、猥雑なシーンもあって、世界が少しずつ変わっている様子は、やっぱりなんとなく映画の「キャバレー」を思い出したのです。

 

ケラさまの作品は本当にいつも舞台セットも素晴らしいのですが、今回はそれが特に、芝居だけではなく、音楽にも乗って踊るように変化していて、ある種ショー的、ミュージカル的に見えたせいかもしれません。

それにしても、その二つのシーンを行ったり来たりするセットのリズムは本当にすばらしかったです。

 

物語は、神の否定から自由を知り、でもそれゆえに何か支えどころを失っていったり、普通の暮らしが一変したりしながら、なんとなく進んでいき、全員がどこか狂気を孕んでいる状態で、どんどんと世界が歪んでいき、1人の欲望が世界の一部分を覆いつくしてしまいます。

そしてその魔の手はノーラにも降りかかる。彼女はリュリュに押し切られる形で逃亡生活を送るのですが、今年大ヒットしたドラマ「VIVANT」

の監督が話されていたように「何かから逃げる」というのは見ていて単純に面白い。ドキドキします。

そんな吊り橋効果もあいまって、ノーラとリュリュはお互いに同じだった部分を知り、心を寄せていく。

さらにこの行程で映し出される逃亡先のどこかの港のセットがまた、さびれているのに、どこか美しいのです。

ただ現実は容赦ない。リュリュもノーラもそこから逃げられることはないのです。

最終的に責任を取らされるリュリュ、そして記憶を奪われるノーラ。

でもそのノーラの記憶が、ノーラの記憶を欲しがった男を破壊するのです。

破壊するほどのノーラの記憶、そこまでの人生の凄絶さを感じるからこそ、あの史上最強に美しいシーンと最後のセリフが、これまで見ていた全ての出来事を忘れることはできないけれど、浄化される気がしました。

眠ると悪夢を見るから眠れない、眠りたくないと訴えていた女が、記憶を奪われた今、やっと純粋に眠れるのだ、と思うと、それはとても幸せなことのような気がして、見終わった後は、なんとなく幸せな気持ちに満ちていたのが本当に不思議なお芝居でした。

 

キャストは本当にみんな魅力的で、その中でも水野美紀さんが終始格好良くて、緒川たまきさんのノーラとすごくステキな対比を放っていたと思います。

いろんなことが起こる芝居だからこそ、1回目よりも2回目、2回目よりも3回目を見たら、それごとにいろんな感想を感じそうな作品でしたが、その1回目を大事にしたいような気持ちにもなるあたり、本当にうまいなと思います。

 

そして、ボルトーヴォリの歌う「九官鳥の歌」の絶妙さといい、雨の中のノーラとナスカのダンスシーンも美しさといい、美術さえも音楽とリズムとこれほど溶け合っているのだから、ケラさんの「ミュージカル」も一度ぜひ見たいなと改めて思いました。