こんなことを思ったり。ぼちぼちかんげき。

保護猫と同居人と暮らすアラフィフがビンボーと戦いながら、観劇したものなんかを感激しながら記録。

異空間体験。

土曜日に「ツキコの月 そしてタンゴ」を見に行った。こういうお芝居を見ることもそうないだろうと思って、これは一つのチャンスだ、と思ったので、お誘い頂いて二つ返事で行ってきた。お芝居自体は、なるほど、こういうものか、という内容だったけれど(セットは素晴らしく美しかった)、それ以上に色々と面白い体験が出来て、個人的には満足だった。
帝劇など大きな劇場に行くと、確かにミュージカルでも、おばちゃん率は高い。それでも、私くらいの年齢や年下らしき人もいて、別に客席で違和感を感じることなどないのだが、さすが、森光子さん、と言うべきか、客席の90%くらいが、確実におばちゃんで圧倒。さらに、森さんの芝居で、私たちを置いておばちゃんたちはどっかん、どっかん沸く。友達のやってる劇団で、周りはみんな泣いているのに、その泣き所が良くわからなくて、客席でおいてけぼりをくらったときも、非常に違和感を感じたのだけど、今回は逆にこんなに笑いというのは年齢差があるのだとしみじみ感じた。土曜日の上演時間3時間、私は時代の流れの逆行した空間にいたことが、かなり面白かった。
そう言えば、いわゆる「泣ける」と形容詞のつくものが嫌いだし、「泣かそう」と思って作っている作品で「泣けた」経験は殆どない。今回の「ツキコの月 そしてタンゴ」も別にストーリー的には全く感動も泣けることもなかったけれど、唯一芝居冒頭シーンの、本物のアルゼンチン・タンゴでは、背筋がゾクゾクして、感動で目頭が熱くなった。あれを見れただけでも、今回のチケット代は個人的には高くなかったと思う。改めて、私はダンスを見るのが好きなんだな、と思ったし、ダンスとか、音とか、感覚で捉えるものはかなり私の感動ポイントを攻めてくるのだとも思った。

4年に一度の「ショパン・コンクール」で、日本人ピアニストが2位と4位に入賞(いずれも、ピアノもヤマハとカワイをそれぞれ使用していたらしい。)素晴らしい。なのに、オリンピックで銀を取ったようには、新聞の一面を飾ることはないのだろう。そう言えば、高校時代、音楽の授業でブーニンが受賞した年の「ショパン・コンクール」の映像を見たことがあった。正直今もクラシックがそれほど好きではないし、私は「聞く」だけの感性が弱いらしく、だいたいが聞いているだけ、では退屈してしまう。でも当時の繊細そうで神経質そうなブーニンのピアノの音は、なんだか体を満たしていくようだったことを思い出した。今回一位だったポーランド出身のRafal Blechaczのピアノもチラと聞いたけれど、かなり華やかで、やっぱり男のロマンチシズム全開のショパンは、男性ピアニストの方が良いなあ、なんて感じたりもした。