こんなことを思ったり。ぼちぼちかんげき。

保護猫と同居人と暮らすアラフィフがビンボーと戦いながら、観劇したものなんかを感激しながら記録。

孤独の王冠@THE QUEEN

朝起きたら津波警報福島原発の冷却装置稼働停止にかなり驚きました。
とりあえず、今現在、被害がなくて何よりです。

関東もそこそこに揺れたようですね。
私は3・11の時は東京都内勤務&在住でして、揺れもパニックも肌で感じたのですが、大阪にいると「距離感」というのを感じました。
シン・ゴジラ
【映画パンフレット】 シン・ゴジラ SHIN GODZILLA 監督 庵野秀明 キャスト 長谷川博己、竹野内豊、石原さとみ
東宝
東宝

が「3・11」を経験したから響く、というような感想を見かけたのですが、確実に「歴史」の教科書に刻まれる日だなあと改めて思います。

そう言えば、私が、ああ今私は歴史の1ページを見たな、と初めて思ったのが、ダイアナ元妃の事故死でした。
比べられるものではないのですが、1・17も大阪で体感しながらも、これをそう思ったのは、元々ヨーロッパ史が好きで、ヨーロッパ史と言えば、王家と戦争と結婚の歴史で、そういう本を割りとたくさん読んでいたから余計そう思ったのかもしれません。

何人かの人間を「公的なもの」に掲げるために、たくさんの人間がそこに集う。
たくさんの人間を介する存在だから、書簡や証人も多く、後世に残りやすい。
そして、文字で残される人生の隙間が余計ナゾめいて見えてるのです。

だから、ダイアナが亡くなったとき、10年後、20年後、彼女は伝説化されて、色んな本や映画が出回って、真実の追求の格好の標的にされ、さらに、世紀が変わっても私がよく読むような桐生操さんの歴史上の人物を紹介するエピソードなんかに登場し続けるのだろうなあと思ったのです。
(実際その通りになっていますね
ヨーロッパ王室の女たち-愛と欲望の裏面史<ヨーロッパ王室の女たち-愛と欲望の裏面史> (中経の文庫)
桐生 操
KADOKAWA / 中経出版


そんなダイアナという存在があって、きっと君主でありながら、彼女を物語るときには常にダイアナの影がちらつくのかもしれないなあと思う映画をDVDで見ました。

THE QUEEN
クィーン [DVD]
ピーター・モーガン
エイベックス・ピクチャーズ

ダイアナが亡くなる前年に、私ははじめてロンドンを訪れています。
そして、亡くなった翌年にも再び訪れました。
(しかも、事故のニュースは旅行中のニューヨークで聞いたという
けれども、どちらも単なる学生旅行者で、政治なんて日本のものも殆ど知らないのに、イギリスのことなんて、完全なる無知でした。
(今でもそうですが
だから、映画を見ながら、この頃にブレア政権が生まれたのか、とシミジミ。

ダイアナの葬儀を巡って、女王と国民との感情が行き違い、女王の孤独を感じる映画でした。
何が起こっても感情を表に出さない、それこそが王冠を戴く者として育てられ、女王としての義務と責任を果たすためにそうある、エリザベス2世。
イギリス国民のダイアナに対する感情なんて、外から見ている私には想像すらもつかないけれども、私でさえ、今までにない体験だな、と思ったくらいだから、その死が突然で何らかの衝撃を少なくない人数に与えたことは確かだったと思います。
そして、国民はきっと、その衝撃を自分たちと同じパフォーマンスで女王に分かち合って欲しかったのかもしれないなと。

王であれば、あの対応でももしかしたら許されたのかもしれません。
でも、女王には、母なるもの、自分たちのどうしようもない感情を受け止め、分かち合ってくれることを求めてしまったのでしょう。

ダイアナの死に煽られる国民、それをなだめようとする政府、そして、それに反感を覚えるロイヤル・ファミリー。
口々に各々の感情をあらわす中で、殆ど自分の感情を表さず、口にしないエリザベス2世は孤高で、女王であると同時に、やはりどこかやっぱり哀しい気がしました。

そして、単純だけど、この映画を見て以来、私はエリザベス2世を尊敬しているのです。
60年以上も女王としての責務を全うしておられるお姿を見るとただただ頭が下がる思いです。