こんなことを思ったり。ぼちぼちかんげき。

保護猫と同居人と暮らすアラフィフがビンボーと戦いながら、観劇したものなんかを感激しながら記録。

夢の途中で出会った顔@おと文

先日のイベントで司会をされていた田中泰延さんのコラムがアップされた。
エンパイアステートビルで会いましょう【連載】ひろのぶ雑記
http://www.machikado-creative.jp/planning/52129/

泣いた。
思うに私は、夢を追ったり破れたり、そういうシチュエーションに弱いのだ。
ラ・ラ・ランドも、あの素晴らしいラストシーンよりも、ミアのオーディションの歌で泣いた。

このコラムを読んだとき、ふと思い出した顔があった。
それは私が夢を追ってる真っ最中で出会った顔だった。
そして、その時のことをどうしても書きたくなっちゃったのだ。

語学学校の授業を終えて、私はかなり緊張しながら、そのドアの前にいた。
ここに着くまでもいろいろあった。
悪名高きロンドン地下鉄がいつものように急に運休していて、地上に出たら、大渋滞。
ビンボーでコインしか入っていない財布の中身を心配しつつ、走り回りながら仕方なしにブラックキャブを捕まえる。
遅い夏がやってきて、ロンドンらしくない澄んだ青空からは6月の太陽が照りつけていた。ブラックキャブに乗り込んだときには汗が止まらないくらいだった。


約束の時間から遅れること15分。
必死の思いでようやくそこに到着したのだった。
まだ、時間はきっちり守らないといけない、という日本人らしい思考が残っていた時期だったから、面接だというのに遅れたことに心臓は二重にドキドキしていた。
そうしたら、そのドアの前には小柄でくっきりとした眉と瞳をしたキレイな女のコがいた。
この時、彼女に何か聞かれた記憶はあるのだけど、それが何だったか全然思い出せない。
とにかく、私は彼女に連れられるように、ドアをくぐったのだった。

そこは、個人で経営している演劇学校だった。

3ヶ月後に私がレッスンを受けはじめる頃には、このスタジオを師匠は手離していて、ドアのところで出会った女のコは、日本で言うなら同期生になった。
師匠はロシアからの亡命者だった。
そして、スタジオがあった頃から残った生徒が他に3人いた。
全員ロシア人だった。
3人のロシア人と同期の彼女(スペイン人)と私。
不思議な固まりだった。

3人のロシア人は、多くの日本人が想像するように美しかった。
とりわけ、24歳の男性は、私が生で目にした中で最も美しい顔をしていた。
煌めくプラチナブロンドも、透き通るようなアクアマリン色の瞳も、血のように真っ赤な唇も、はじめて目にするものだった。
この彼の顔を、ひろのぶさんのコラムを読んで思い出したのだ。

信じられないくらい美しい容姿に反するように、彼は陽気でやんちゃで、いつも冗談ばっかり言っているような、ザッツ・男のコだった。
名前はこれまたザッツ・ロシア人で、ヴィクターといった。
残念ながら、私は英語が不自由で、彼と話すことはあまりなかったからよけいに彼に何が起こったのか、今でもふっと気になるのだと思う。

その頃、私たちは新年明けたら、3週間フリンジ(小劇場)を借りて公演をすることを計画していた。
私はステージマネジャーの勉強中だったから、演出家の師匠と演出助手で主演のヴィクターとともに、ロンドン中のフリンジを見て回っていたのだ。10月も終わりの頃、ようやく、ここという場所を見つけ、3週間の契約を結び、師匠が前金を納めた。ホッと胸をなでおろし、また明日ね、と別れた。

そして、それがヴィクターを見た最後だった。

突然に、本当に忽然と、彼は姿を消した。

住んでいた家にもヴィクターはいないという。
彼の家族も一緒にいなくなっているという。
私の英語が不自由だったことも多いにあるが、それでもどうも誰もはっきりとした事情は分からないようだった。
ヴィクターは徴兵制から逃げてきたから、というようなことを聞いた気がするのだが、それすら確かか分からない。

主演男優を失った私たちは慌てた。
そして、それがまた新しい出会いを産むのだけど、それはまた別の話し。

インターネットが発達して、facebookとか出来て、ヴィクターを何度か検索してみたことがあるのだけど、彼の消息は今もわからない。
ロシアに帰ったのか、他の国にいるのか。
生きているのか、死んでいるのか。

もし、今もどこかで元気でいるなら、彼は今年40歳になるはずだ。
あの美貌はすっかり衰えていたりするのだろうか。美しかったプラチナ色の髪の毛にも、白いものが混じったりしているのだろうか。
衰えていてもいいから、もう一度会えるのならば、あの時彼に何があったのか聞いてみたい。

ところで、私は英国で夢を完結させて、日本に戻ってきた。
それからは余生だと思っている。
けれど、最近、新しい夢が出来た。

結局ヴィクターをはじめとして、私は彼の地で出会った仲間たちのことをちゃんと知らない。
何より、ロシアから亡命した師匠の人生を聞きたくなってしまったのだ。
しかし残念ながら、私の英語は衰退の一途を辿っている。まずはスタディサプリEnglishに課金することからはじめてみようか。