12月14日(土) 11:00~(昼の部)13:00~(夜の部)新橋演舞場
脚本 丹羽圭子/戸部和久
演出 G2
[昼の部]
序 幕 青き衣の者、金色の野に立つ
二幕目 悪魔の法の復活
三幕目 白き魔女、血の道を征く
[夜の部]
四幕目 大海嘯
五幕目 浄化の森
六幕目 巨神兵の覚醒
大 詰 シュワの墓所の秘密
[配役]
ナウシカ 尾上 菊之助
クシャナ 中村 七之助
ユパ 尾上 松 也
ミラルパ/ナムリス 坂東 巳之助
アスベル/口上/オーマの精 尾上 右 近
ケチャ 中村 米 吉
ミト/トルメキアの将軍 市村 橘太郎
クロトワ 片岡 亀 蔵
ジル 河原崎 権十郎
城ババ 市村 萬次郎
チャルカ 中村 錦之助
マニ族僧正 中村 又五郎
王蟲(声) 市川 中 車
セルム/墓の主の精 中村 歌 昇
道化 中村 種之助
第三皇子/神官 中村 吉之丞
上人 嵐 橘三郎
ヴ王 中村 歌 六
墓の主(声)中村 吉右衛門
12/22令和最初の「M-1グランプリ」決勝戦でかまいたちが「となりのトトロを全く見たことがない」自慢をするネタをやっていました。
同じくわたしも実は「風の谷のナウシカ」と「天空の城ラピュタ」を、レンタルすることもなく、繰り返される再放送の波をくぐり抜け、全く見たことがありませんでした。
そして3、4年前にはじめて「風の谷のナウシカ」を見る機会を得たのでした。
合わせて原作マンガ全7巻も読みました。
映画の感想→腐海の底がサグラダ・ファミリアの内観みたいで美しい。あとテトかわいい。
マンガの感想→読みづらい。よう分からん。
われながらヒドイ。
なのになぜこの歌舞伎版に挑んだのか。
中村七之助がクシャナを演じるというのが大前提としてあって、そのうえで「あんなによう分からんかったマンガ7巻を昼夜通しでやるという狂気じみた試みはなかなかない。これは演劇ファンとして見るべきでは?」という訳の分からない義務感にかられた結果でした。
ちなみに先に言い訳しておくと、わたしの「歌舞伎知識」はほぼ初心者です。古典をイヤホンガイド付きで何度か見たことがある程度。
ましてや映画と原作マンガを一度見たきり、読んだきりの「ナウシカ」に対する知識はないに等しい。
そこでこの演目を見に行く前に下記ナウシカ解説動画を見て、
https://www.youtube.com/watch?v=_nrIY_5XhrA
https://www.youtube.com/watch?v=rfvAjSN6dMU
原作7巻を読み返し、当日を迎えました。
ちなみに同行した友人たちも試験勉強のように毎晩遅くまで原作再読に必死になっておりました。
この辺りからして、この演目の壮絶さが伝わるかと思います。
壮絶と書きましたが、われわれの「壮絶」は「すさまじい」を意味する誤った使い方です。
けれど上演されたものは「きわめて勇ましく激しいこと」という本来の意味で「壮絶」でした。
12/8(日)の公演で主役・ナウシカを演じている菊之助さんが怪我をされたというニュースが飛び込んできました。12/8の夜の部はキャンセルになったのですが、翌12/9から骨折したまま復帰されました。しかしながら、わたしが見た12/14の時点でも一部場面が割愛されたバージョンでした。
そんなわけで、割愛された時間配分がこちら。
割愛されてこれですよ。
しかもこれを12/6~25まで毎日休みなくやってるんですよ。
これを壮絶といわず、なんといおう。
そして繰り広げられた舞台もまさに壮絶でした。
まず昼の部。
序幕のはじまりは口上で、ご挨拶とストーリーの中で大切なキーワードが紹介され、このタペストリー幕が披露されました。
このタペストリー幕だけでも一級の芸術品。見る価値があるのに、この幕が開き、映画ナウシカの音楽がお囃子方によって奏でられると、世にも美しい「腐海」が舞台に現れたのです。
三重になった腐海の絵と紗幕の間をうごめく虫たち。
紗幕にライトの胞子が降り注ぎ、それはもう息をのむ美しさでした。
故・蜷川先生がおっしゃっていた「冒頭で観客をその世界に取り込むことが重要」という言葉が大好きなのですが、歌舞伎ナウシカはまずその第一関門を、今までに見たことのない圧倒的なセットの美をもって軽々飛び越えてきたのでした。
見てる方はもう語彙力皆無。
腐海あった!
王蟲いた!
テトかわいい!
とかバカ丸出しの発狂ぷりで、序幕1時間20分、引き込まれてあっという間でした。
そして、序幕で映画部分、終わりました。
来年2月にこの公演を録画したものが映画館で上演されるのですが、
新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』ディレイビューイング|ローチケ[ローソンチケット] 映画チケット情報・販売・予約
これを見ようかな、でも両方は価格的にもしんどいな、て方は全力で「昼の部」をご覧になられることをおススメします。
というのも、もちろん序幕の美しい腐海のセットをぜひ見ていただきたい、というのもあるのですが、全体に「昼の部」の方が「歌舞伎のエンターテインメント性」を全面に押し出した演出だったからです。
二幕は水芸。本物の水が大量に使用されてあふれ出る中、大立ち回りを演じるユパさまとアスベル。一階席の前方席は水除ビニールーシートが渡され、それに必死に隠れても濡れるくらいの激しいアクションシーンです。
壮絶そのものです。
さらに有名な飛び六方も見られます。見ている方はおトクです!
三幕はおそらく私たちが見られなかったナウシカ出陣の激しい戦闘シーンや「メーヴェの宙乗り」も登場するはずです。
誰もが知ってる歌舞伎の大技や、歌舞伎ってここまでやるのっていう大仕掛けがこんなにいっぺんに見られる演目、他に知りません。
ナウシカファンで歌舞伎初心者にも楽しんでもらえるものにしたい、という心意気がビシビシ伝わってきます。
そうそう、イヤホンガイドもいつも以上に「歌舞伎の豆知識」を懇切丁寧に教えてくれるもので面白かったので、興味がある方はぜひ「イヤホンガイド」も借りてみてください。
昼の部はどちらかと言うと、セットや仕掛けのすごさと七之助クシャナ殿下の格好よさに発狂して終わりましたが、夜の部は一転して、演劇としてナウシカの物語を刻んできたのです。
(4幕はじまりの演出も実に演劇的にオーソドックスで、だから歌舞伎でやると新鮮でした)
終末期を生きる人間を描いてきたのです。
ナウシカの原作が完結したのが1994年。
世紀末でした。
翌年には阪神大震災が起こりました。
バブルがはじけて、それまであった楽しそうな未来が見えなくなった時期でした。
それから残念なことに今の日本は変わらず自然災害に度々見舞われ、今の若者たちはわたし以上に希望の光の見えない「終末期」を生きているような気がします。
そんな今にリンクしたようなナウシカの世界。
舞台はマンガ全部を書くことはできませんが、人が演じることによって、マンガのシーンや感情をよりリアルに伝えることはできます。
戦争と混乱の中でも、儲けて楽しむ人々。
住むことができる土地が少ないのに、折り合わず争う人々。
ますます汚染されていく世界。
それに傷つきボロボロになりながらも立ち向かうナウシカ。
菊之助さんが怪我をされているからこそ、傷ついてボロボロのナウシカがこれまたリアルに伝わってきました。(とはいえ骨折されているとは微塵も感じさせない演技がすごい)
一方で目の前の不満や恨みにとらわれ諍いを起こし続ける人々の感情は、わたしたち庶民のそれで、理解できるからこそ重く心にのしかかるのです。
そしてナウシカがたどり着く浄化された世界が美しければ美しいほど、感じる旧世界の人々の傲慢。
だんだんと重苦しくなっていく展開にぐったりしていたら、なんと大詰が連獅子になりました!
まさかの毛ぶりも見られるとは!
しかもこれがまた上手く原作の最後の闘いを表現しているんですよ!
こんな連獅子はじめて見ました。
そしてこんな闘いもはじめて見ました。
ここまで作った脚本・演出家に完敗。
そしてこの企画を情熱をもってプロデュースし、座長としてまとめあげ、怪我をおして最後までナウシカを演じられた尾上菊之助さんに感動。
もちろん、それぞれの役を務めあげた役者さんにも感謝。
(個人的にはミト爺がまんまミト爺でお気に入りでした。クシャナにナウシカの行方を探さすくだりを歌舞伎口調にする演出も楽しかった!)
そして美しい音楽を奏でてくれたお囃子、義太夫の方々、大道具・小道具さん、お衣装さん、音響・照明スタッフ、このすごい舞台を作り上げた全ての方に、ただただもうありがとう、と言いたくなる贅沢な公演でした。
そういう公演ってそうないと思うのです。
ところで菊之助さんの怪我が原因で見られなかった「カイ」に乗った戦闘シーンとか、メーヴェの宙乗りとかは、多々テレビで放映された映像で保管できたし、なくても全然かまわなかったのですが、一つだけテレビで一瞬だけ映って「これ見たかった」というか、どういうシーンを表現していたのか気になるのが、 「京鹿子娘道成寺の傘」みたいなものを持って踊っているもの。
あの踊りはナウシカの何を表現したシーンだったのでしょうか。
ディレイビューイングで見られることを祈っています。
そしていつの日か再び、序幕だけでもいいから再演があることを期待します。
そのときイヤホンガイドのお決まりの「この後は〇〇何幕、こういうシーンへと続きます」という案内を、「うん、知ってる。初演見たもん!」と自慢げにほくそ笑む日を楽しみにしたりしています。