4/23(土)17:30~ 兵庫県立文化芸術劇場 中ホール
キャストはこちら。
2013年マイケル・グライフ演出の初演は同じ劇場で下記のキャストで見ました。
ダイアナ:安蘭けい
ゲイブ:辛源
ダン:岸祐二
ナタリー:村川絵梨
ヘンリー:松下洸平
ドクター・マッデン/ドクター・ファイン:新納慎也
しかしながら人生で2回目に死ぬほど働いていた時期で、その感想を残していないのが残念です。
数年後にこんなお願いを書いていたのですが、とにかくそれがかなったのが本当に嬉しかった公演でした。
しかしながら今回は演出とセットが変わっていました。
確かに初演を見たとき、正直に分からない部分も多く、後でゲイブ役・辛源さんの解説を読んで、なるほど、と思ったことも多かったです。
そして今読んでも「なるほど」と思うことが多いので、再掲しておきます。
(そして初演当時、誰よりもこの作品を理解していただろう人のゲイブを見られたことを、今さらながら感謝します)
ネクスト・トゥ・ノーマル〜自分なり解説〜genshinactor.wordpress.com
今回、演出は上田一豪さんに変わったことにより、ヴィジュアルやステージングの面ではやはりマイケル・グライフ版よりかなり目おとりしました。
とりわけコーラスに回ったキャストの振付けが個人的には目障りに感じてしまいました。
そして初演時に圧倒的だったあのセットと照明がない。
ヴィジュアル面の作り込みという点では予算を含め、まだまだ日本は追いつかない部分であるなと思います。
けれどもその代わり、日本人の理解度にあわせた演出とステージングで、観客を分かりやすく誘導するステージングで演出だったことは確かです。
next to normalは双極性障害の母親ダイアナを支える夫とその子どもの話しです。
初演時より精神疾患は日本でも一般的になってきました。けれどもドラッグや薬の種類、そしてそれを日常的に話題にするか、となるとまた違ってくると思います。
(仕事に忙殺され、祖父母の介護問題がからまった結果、わたしは20代の頃から発症していた嘔吐とゲップを悪化させ息ができなくなり、当時の会社の先輩の勧めではじめて心療内科に通うことになりましたが、そのことをやはり会社や周りに伝えたりはしていないです。まあその後薬で治まり、かなり軽症になっているので、伝えるほどではないということもありますが。しかしあれほど辛かった症状が自律神経を整える軽度の薬を飲むことで劇的に改善されたのは、なぜもっと早く心療内科に来なかったんだ、とは思いました)
今回の演出では、今は誰の頭の中で誰の感情なのか、というところをステージングや照明で際立たせることによって、日本人の観客により分かりやすく、感情移入しやすくしてあって、それはとても素晴らしいところでした。
ただ個人的には外から家の中へを柱を移動させたり、そこまで分かりやすくするのは好みではなかったので、かなうならもう一度、あのセットで見たいです。
理解が進み、物語もしっかり把握した今、あのセットが物語っていたものをもっと受け取りたかったなと改めて思います。
歌も初演時よりはずいぶん聞きやすく感じたのは、少しテンポを落としてあるせいでしょうか。
訳詞は初演から小林香さんで変わらないので、同じだと思うのですが、今回は「えっと、ここを英語のままにするんだ・・・」と感じるくらいには聞き取れたので、テンポを落とすのもありなのかもしれません。
ビジュアル面のショックを除けば、念願の2回目の観劇となった今回、このチームのキャストで見られて本当によかったと思ったのは、昆夏美さんのナタリーでした。
初演ではナタリーの状況がよくわからないまま話が途中まですすんでいくので、ナタリーが単なるわがまま娘に見えていたんですよね。
けれども全てを分かって見ると、「Just Another Day」の「And if other Fam'lies live the way we do」という歌詞からもうナタリーが切ないんですよ。
しかも昆ナタリーが本当に16歳の少女にしか見えない。
それこそ同じブライアン・ヨーキーが脚本も担当している下記のドラマに出てきそうなくらい、リアルなんです。
だからナタリーのソロ「Everything Else」は胸がつまって、つまって(涙)
16年間この母親と過ごす、父親も「お母さんを支えてあげなければ」としか言ってくれない。
今回の演出ではヘンリーが終始、いい子なイメージでいたので、ヘンリーがいてくれることで少し安心しながら見られたのですが、逆に初演のときの、ちょっと不良なヘンリーが徐々に変化していくみたいな感じだったら、それはそれでハラハラドキドキしながらも別の感動を生んだかもなあと考えるくらい、昆ナタリーが本当に魅力的でした。
昆ナタリーの少女っぽい声がまた役によく似合って、16歳でこれだけの孤独を抱えているさまを見せつけられると、ダイアナやダンの身勝手さが目に付き、改めてすごい脚本ですごい作品だなと痛感しました。
そして本当にこれは「家族の物語」なのだと知らしめてくれた昆ナタリーが見られてよかったです。
初演から10年近くたち、双極性障害はじめ精神病の多くが、他の病気と同じように、家族の支えを必要としていることを知りました。
支える家族のしんどさや辛さは、自身がダイアナのようになることよりももっと身近に、「普通の隣」にあるもののような気がします。
そのナタリーが、さまざまな過程を経て、ダイアナに「普通の隣」くらいでいいと言う、そのことが今回は最後の希望につながったように見えて、もはやナタリーが主役なんじゃないか、そして本来舞台としてそれがあっていいことなのかどうかは分からないけれども、主役を飲み込むくらいの存在感で演じきって歌い切った昆夏美さんの今後がとても楽しみです。
ゲイブ海宝直人さんの「I'm Alive」は圧巻の一言。
もう楽譜が見えてくるような超絶テクニックに正確で響く歌声が素晴らしかったです。曲名にもあったsuperboyという言葉がよく似合うゲイブでした。
ダイアナにとって本当に大切で理想的で、だからいなくては生きていけない存在であることを実感。
そして誰の中にもこういう存在がいるのだろうなと感じるとき、next to normalという言葉が響いてきました。
安蘭さんのダイアナは初演のときとあまりイメージが変わらなかったです。
岡田さんのダンは最初からどこか危うさを感じさせて、だからこそラストシーンに納得。
新納さんは今回がよかったです!
前回は完全にマッドドクター的だったところが目立ったのですが、今回は医者としての苦悩も見えて、これだけの人をしても脳の病気というのは正解がなく難しいものなのだと改めて感じました。
そして初演時、ロボトミー手術みたいな時代遅れの恐ろしいそうな手術に見えていたETC療法(電気ショック療法)についても、ちゃんとした治療の1つなのだということが分かったのもよかったです。
昆ナタリーが魅力的すぎて、全体に昆ナタリー視点になってしまい、ダイアナやダンの苦悩を若干見過ごしてしまったのですが、今これを上演する意味としては「双極性障害」というものの認知度を高めるのもあるのかなあと思うので、同行人に教えてもらった双極性障害の方の実体験漫画を最後に紹介しておきます。
そのトリガーはどこにあるか分からない。
わたしたちは常にノーマルの隣にいるのだな、と改めて感じるとともに、そうなったとき自分に知識が多少あれば助けになる気がするのです。
ダイアナのように本人が病気であることを認識し向き合わない限りは、今のところよくなりようがない病気のようです。
また逆にこのような病気の方が身近にいた場合も、早めに気づければ正しい治療が早く受けられるかもしれないので、よろしければ。